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連載・特集

『生きて』 竹原高校野球部監督 迫田穆成(よしあき)さん(1939年~) <14> 竹原へ

部員11人からスタート

  ≪如水館の監督を2019年3月に退任。三原市から長女の住む竹原市に移り住んだ≫
 のんびり過ごそうと思っていたら昔の知り合いを通じて、竹原高で野球を教えたら、という話をもらいました。どんなチームなんか、知らずに引き受けました。

  ≪部員は11人。広島商や如水館とは全く違う環境の下、その年の7月、監督に就任する≫
 打撃マシンの周りにボールが転がっていても、気付かんで拾わんような子ばかりでした。「引き受けんにゃよかった」と思ったときもありました。でも、私財を投じて寮を造ってくださる方もいたし、応援してくれる人もたくさんいたから、続けてこられました。

  ≪孫のような年齢の選手とコミュニケーションを取るため、80歳になってLINE(ライン)を始めた≫
 最近の子どもの指導は難しいです。小さい頃から親に面と向かって怒られていないから。選手が携帯をさわっているのを見てLINEを知りました。娘に「LINEしたいから」とアイフォン(iPhone)を頼みました。アイフォンはLINE専用。2台持ちです。選手もLINEだったら僕に気持ちを伝えやすいみたい。

  ≪就任3年目の22年、夏の広島大会で35年ぶりに4回戦へ進出する≫
 (ベスト16に当たる)4回戦まで進んだことで、竹原のみなさんも喜んでくれたし、チームに対する見方も変わってきたのかなと感じます。ただ、自分はこれぐらいはできると思っていたし、4回戦で崇徳に2―5で負けたのも納得しとらんですからね。新しくチームの後援会もできましたし、実績を残さないといけないという責任感もあります。

 ことしの1年生は、24人も入ってきてくれました。広島市内の中学校から来てくれた子もいるし、未経験者だけど自分に興味を持って入ってくれた子もいる。2、3年生と合わせて部員は41人になりました。全校生徒は約150人です。「学校の雰囲気が変わりましたね」と人に言われると少しうれしいですね。

(2023年8月23日朝刊掲載)

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