×

連載・特集

『生きて』 竹原高校野球部監督 迫田穆成(よしあき)さん(1939年~) <15> 夢

また甲子園へ 諦めない

  ≪「120歳まで監督をやる」と冗談交じりに話す一方、元気に指導できる時間には、限りがあると分かっている≫
 昨年の春先、体調を崩して入院しました。病院で目を覚ましたら、弟の守昭(福山高監督)が目の前にいる。「なんで、お前がおるんや」と叫んだら、「なんや、があるかいや。病院から電話もらって、慌てて来たのに」と逆に怒られました。幸い、もう元気になりましたがね。

  ≪ことし5月には初めてのひ孫が生まれ、7月に84歳になった≫
 自分の子も抱っこしていないから、怖くて抱けません。でもかわいいですね。元気をもらえます。この年齢でも野球を教えられるのは、自分が野球を楽しんでいるから。教えたくても教えられない人がたくさんいるのに、本当に自分は幸せ者です。高校野球というものは、監督が「ああでもない、こうでもない」といろいろ手を考えて選手を動かしていくもの。「バット、思い切り振っとけ」と言って打たせるだけの野球なら、監督は要りません。

  ≪今夏の広島大会は2回戦で古巣の如水館に敗戦。翌日から、来春の選抜大会出場を目指し、練習を再開した≫
 如水館戦は反省ばかりでした。相手に対する自分自身の特別な感情はなかったんですけどね。打てないのも、相手を抑え切れないのも力不足。もっと細かい野球を徹底しないといけないです。

  ≪2011年夏を最後に遠ざかる甲子園。広島商、如水館時代と合わせ、監督として15度目となる夢舞台を諦めていない≫
 ことしの夏は1、2年生中心で戦ってきたので、秋は勝負です。この選手をエース、あの選手を打線の中心に、という構想はあります。2年生が1年生に教えられるような形のチームができてくると、ぐっと伸びるのだけど、現状はまだまだ。それができるようになったら甲子園まで、そんなに時間はかからないんじゃないですかね。=おわり (この連載は報道センター運動担当・貞末恭之が担当しました)

(2023年8月24日朝刊掲載)

年別アーカイブ