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「世界」伝えるまなざし ヒロシマ賞受賞 アルフレド・ジャー展 広島市現代美術館 音や風 入魂の大作並ぶ

 美術の分野で平和に貢献した作家を顕彰する趣旨で、広島市などが3年に1回授与しているヒロシマ賞。その11回目の受賞者となったアルフレド・ジャー(67)=米ニューヨーク=の受賞記念展が、市現代美術館(南区)で開かれている。賞の趣旨にふさわしい入魂の大作が並ぶ=敬称略。(編集委員・道面雅量)

 展示室に向かう回廊で、床から天井まで届くネオンサインが来場者を迎える。日本語の文字列で「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」。ヒロシマに思いを寄せ続けた作家、大江健三郎(3月に88歳で死去)の小説集のタイトルから取っている。本展に寄せるジャーの思いを、冒頭で端的に物語る。

 出展は9点で、建築的な空間造形を伴う大型作品が中心。視覚に訴えるだけでなく、音や風も使って強度のあるメッセージを届ける。うち6点は「われら―」を含めヒロシマを念頭にした作品で、新作、または新作相当の改変作だ。本展への熱意が際立つ内容となっている。

 栗原貞子(1913~2005年)の原爆詩に着想した作品「生ましめんかな」も、ネオンを使った新作。暗室の壁に明滅する数字に命の意味を持たせ、死に相当する0(ゼロ)が雨のしずくのように降り注いだのち、詩のフレーズが浮かび上がる。

 ジャーは、栗原の生前からその詩作に親しんだといい、過去にも「生ましめんかな」と題した別の作品を東日本大震災にちなんで制作、発表した。本展には、広島市内の病院で集めた新生児の産声を使った作品「音楽(私の知るすべてを、私は息子が生まれた日に学んだ)」も並び、「生ましめんかな」と響き合う。

 チリの首都サンティアゴに生まれたジャーは、建築や映像制作を学んだのち、20代後半で米国に渡った。歴史的事件や社会問題をジャーナリスティックな視点で作品化し、数々の国際展で評価を高めてきた。

 創作のためのリサーチは綿密で、「責任ある知識を得たという手応え」を元に作品にするという。本展の後半を構成する3点の過去作でも、その姿勢は顕著に感じられる。

 「サウンド・オブ・サイレンス」(2006年)は、飢餓に襲われたスーダンで「ハゲワシと少女」の名で知られる写真を撮った報道カメラマン、ケヴィン・カーターの物語を、室内に投影されるテキスト(文章)と画像でたどる。ピュリツァー賞受賞に続く自死という情報のほかは、ほとんど関心を払われることのない一個人の人生。社会の忘却から救い出すように「ケヴィン」と何度も呼び返すテキストは、衝撃を伴って胸に迫る。

 「100のグエン」(1994年)は、香港に逃れたベトナム難民を題材にした作品。「シャドウズ」(2014年)は、ニカラグアに暮らす一家を襲った悲劇の記録を扱っている。

 この3点、アフリカ、アジア、ラテンアメリカでの出来事がそれぞれテーマになり、来場者の視野を広げることにも注目したい。現代美術の存在意義を懸け、ジャーが展示空間に表そうとしているもの、体感してほしいと願っているもの。それは、核兵器を巡る情勢を含め、私たちをとりまく「世界」なのだと思う。

 同展は10月15日まで。月曜休館(祝日は開館し、翌日休館)。

(2023年8月24日朝刊掲載)

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