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社説・コラム

天風録 『ピアノとバイオリン』

 原爆ドームを望むレストハウスで、憩う人々のそばに展示されている。ガラス片の刺さった痕が残る被爆ピアノ。温かい音色と弾いたピアニストが評してきた。愛用し、19歳で被爆死した河本明子さんのぬくもりを感じる、と▲米国で生まれ、幼少期にピアノとともに親の故郷広島へ移った。先ごろ発刊の「明子さんのピアノとパルチコフさんのヴァイオリン」で生涯をたどる。家族とクリスマスを祝い、レッスンや受験を頑張る日常があった▲この本はバイオリンの戦禍の記憶も追う。ロシア人で音楽教師のセルゲイ・パルチコフさんは日本に亡命した時も、広島で被爆した時も持ち歩いた。二つの楽器が今ある奇跡に驚く。共に半世紀を経て修復され、4年前の演奏会で共演を果たす▲翌年、持ち主の2人が広島で出会っていた史実が、日記や写真から判明する。パルチコフさんが指揮した広島女学院のオーケストラに、明子さんが加わっていた。さらに心が動かされた▲関わる人々が楽器を残し、直し、奏でて、物語を発掘した。戦争に日常を奪われた、あまたの声を語り継ぐよう。きょうロシアのウクライナ侵攻から1年半。国を超え、子や孫と読みたい物語である。

(2023年8月24日朝刊掲載)

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