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社説・コラム

社説 「殺傷武器」輸出 平和国家の理念に立ち返れ

 殺傷能力のある武器の輸出に道を開く意向を岸田政権が鮮明にした。政府が一定の条件を満たせば輸出は可能とする新たな見解を、防衛装備移転三原則の運用指針の見直しを議論する自民、公明両党の実務者協議に示した。

 現行制度で輸出可能な「警戒」「掃海」など非戦闘目的の5分野ならば、任務や自己防衛のために必要な殺傷武器を搭載して輸出を認める方向で検討を求めている。英国、イタリアと進める次期戦闘機の開発を念頭に、他国と共同開発した装備品は「直接輸出できるようにするのが望ましい」との考えも示した。

 日本は平和国家として形を変えながらも武器輸出自制の原則を維持してきた。国民的議論もないまま、なし崩しに緩めることは許されない。

 昨年12月に閣議決定した国家安全保障戦略は日本製装備の海外移転を東南アジア諸国やインドとの関係強化、ウクライナなど国際法違反の侵略を受けている国の支援にとって「重要な政策手段」とした。国内の防衛産業の活性化につなげる狙いもある。

 そもそも5分野は殺傷武器の輸出を制限する根拠だったはずだ。それを「運用指針に規定がないから」との理由で政府自らが解釈を改めるのは看過できない。

 戦闘機に関しては、英伊との調整機関を新設する関連条約への署名を年内に控え、急ぐ必要性を強調する。調整機関では輸出に関しても協議する見通しで、日本だけ制約を課すと共同開発の枠組みに影響を及ぼしかねず、不利になるとしている。

 だが共同開発の合意を優先させ、後からルールをつくるのは本末転倒ではないか。

 憲法の前文は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とする。戦後日本は9条で武力による国際紛争の解決を放棄し、他国の紛争を助長するのを避けてきた。だからこそ直接人を殺傷する武器は輸出対象にしてこなかったのだ。

 政府の方針はこうした平和国家としての歩みを無視するような拙速な判断である。第一、戦闘機は殺傷兵器そのものだ。自国の防衛に資する開発ならまだしも、それらを他国に売ることが憲法の理念にかなうはずがない。

 自公の実務者協議は秋に再開の予定だった。首相がこれを待たず、両党の論点整理を基に政府見解を示して議論再開を求めた。日本の根幹に関わる重要政策を、議事録も残らない政府と与党の一部議員による「密室協議」で方向づけるべきではない。なぜ必要かを国民に説明もせず、政権の都合で国会閉会中にせかすやり方も納得できない。

 共同通信社が7月に実施した世論調査で、殺傷武器の輸出を「認めるべきではない」が60・7%を占めた。にもかかわらず、安全保障政策を大転換させた安保3文書改定と同じように、国会での議論や国民的な合意形成をないがしろにして押し切ろうとしているのではないか。殺傷武器を輸出解禁する見解を、政府は撤回するべきだ。

(2023年8月29日朝刊掲載)

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