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社説・コラム

天風録 『中村哲さんとSDGs』

 子ども向け学習漫画の世界は広がるばかりだ。集英社の新刊「中村哲」に驚いた。戦火のアフガニスタンで苦しむ人々に尽くした医師が非業の死を遂げ、4年近い。もう伝記が漫画になるとは▲「その生き方がSDGs達成の道しるべ」。帯の言葉にうなずいた。温暖化で荒廃した大地に用水路を引く挑戦が漫画の軸だ。古里の福岡県を歩いて江戸時代に農民が築いた「山田堰(ぜき)」の工法を学び、生かした逸話も▲石を張り、急流にも耐えるよう斜めに築いた昔の取水の技術。電気も機械もない現地で応用し、長い用水路を人の力で築いて農地を再生した。「持続可能な開発」の名にふさわしい営み▲水と食べ物の確保を何より願い、「百の診療所より1本の用水路」と説いた中村さん。遺志を継ごうと日本政府もやっと動いた。無償で約14億円を出し、老朽化した水路を同じ工法で改修するよう国連機関と合意した▲米軍のアフガン撤退から2年。今の政情と、平和と公正をすべての人に、とうたうSDGsとの落差は大きい。現存する山田堰の近くに死後、建立した中村さんの記念碑は座右の銘「照一隅」を刻む。世界の片隅に希望の光を照らした生きざまを思い返したい。

(2023年9月13日朝刊掲載)

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