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[ヒロシマの空白 中国新聞とプレスコード] 原爆記事 検閲対象に キーワード別 「原爆」が最多

 連合国軍総司令部(GHQ)が1945年9月19日に発したプレスコードにより、日本の報道機関は縛られた。約4年間にわたった検閲の期間中、中国新聞に掲載された原爆関連の記事には、検閲の対象になったものと、ならなかったものがあった。その違いから何が読み取れるのか。記事に出てくる原爆関連のキーワードの頻度の差や、年別の検閲の有無などを分析した。(客員特別編集委員・籔井和夫)

 中国新聞の原爆記事で検閲対象になったのはどんな記事だったのか。「原爆」「原子爆弾」「原子力」「ピカ」「放射能」「被爆」「放射線」「ウラニウム」「プルトニウム」「黒い雨」「死の灰」の11のキーワードを設定して、これらが登場した記事について検閲の有無を調べた(表1)。

 分析したのは1946年3月24日~49年10月13日に掲載された原爆記事1505本。検閲を受けた中国新聞紙面が米メリーランド大プランゲ文庫に系統的に保存されている期間を対象とした。一つの記事に複数のキーワードが掲載されている場合、キーワードごとに記事数を算出した。

 最も多く登場したキーワードは「原爆」。記事数は449本で検閲率48・3%だった。次に多かったのは「原子爆弾」の316本で検閲率48・1%。「原爆」「原子爆弾」ともに半数近くが検閲されていた。裏返せば、これらのキーワードを含んでいても、半数はGHQの検閲官が「検閲不要」と扱っていたことになる。

 続いて多かったのが「原子力」の134本。米国とソ連の原爆開発を巡る動きを報じる記事によく登場した。検閲率は最高の56・0%だった。

 「原爆」を意味する「ピカ」は90本で、市民の間で使われていたことをうかがわせる。検閲率は28・9%と最も低く、市民が話す言葉が登場する記事は検閲対象から外れることが多かったようだ。「被爆」が登場したのは24本で、当時は広く使われていなかったようだ。

 「放射能」は37本、「放射線」は19本と「放射能」の方が使われることが多かった。ただ、「放射線」は原爆の人体影響などに関連した医学記事によく登場することから、検閲率は「放射線」の方が高くなっている。

 「死の灰」「黒い雨」という言葉はまだ登場していなかった。核実験による被曝(ひばく)や残留放射線の問題がクローズアップされるのは、米国が54年3月に実施したビキニ水爆実験で第五福竜丸が被災してからになる。

 次に原爆記事に対する検閲の有無を年別に調べた(表2)。ただ、47年分についてはプランゲ文庫に残っている中国新聞紙面が約1カ月分しかないため、正確な実態はつかめない。

 46年時点では、検閲の有無は2対1で検閲を受けた方が多かった。それが48年には「検閲あり」が274本だったのに対し、「検閲なし」は20本と、ほとんどの記事が検閲対象になった。

 49年に入ると「あり」が215本だったのに対し、「なし」は203本とほぼ半々になり、検閲が緩んだように見える。そして49年10月末、検閲は全国的に中止される。

弾圧恐れメディア自主規制も

  占領期のメディア検閲に詳しい山本武利・早稲田大名誉教授
 占領軍の資料は占領末期に焼却されたり廃棄されたりしたものも多い。残っている資料をつなぎ合わせるようにして分析し、研究していくほかない。一つの地方紙が受けた検閲の実態解明は、占領政策が地方に与えた影響を知る手掛かりになる。メディア側はGHQによる弾圧を恐れ、報道で自主規制した面が強いのではないか。

生活への影響知る貴重な分析

  ヒロシマの原爆史に詳しい宇吹暁・広島女学院大名誉教授
 GHQによる占領政策の研究はこれまでにあるが、今回の調査結果のように地方の動きをまとまった形で示す資料は少ない。検閲という占領政策が庶民の生活に与えた影響を知る上で貴重な分析と言える。

プレスコード全文

一、ニュースは厳格に真実に符合しなければならぬ。
二、直接たると間接たるとを問わず、公共安寧を紊(みだ)すような事項を掲載してはならぬ。
三、連合国に関し虚偽または破壊的批判をしてはならぬ。
四、連合国占領軍に対し破壊的な批判を加え、または占領軍に対し不信もしくは怨恨(えんこん)を招来するような事項を掲載してはならぬ。
五、連合軍部隊の動静に関しては、公式に発表されない限り発表または論議してはならぬ。
六、ニュースの筋は事実通りを記載しかつ完全に編集上の意見を払拭したものでなければならぬ。
七、ニュースの筋は宣伝の線に沿うよう脚色されてはならぬ。
八、ニュースの筋は宣伝の企図を強調しもしくは展開すべく針小棒大に取り扱ってはならぬ。
九、ニュースの筋は重要事実または細部を省略してこれを歪曲(わいきょく)してはならぬ。
十、新聞編集に当たってはニュースの筋は宣伝の意図を盛り上げまたは展開するため特にある事項を不当に顕出させてはならぬ。
(出典:日本新聞年鑑昭和22~23年版)
※漢字は新字体に改めた

(2023年9月19日朝刊掲載)

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