×

社説・コラム

[ひと まち] 自然の命を絵筆で語る

 「ブナの根開き」と呼ばれる現象という。早春のブナ林で、根元の幹の周りからじわりじわりと雪が解けるさま。広島県北広島町の画家清水馨さん(87)が近作の油彩に描いた、古里の臥龍山の自然だ。

 「年齢的にこれが最後」という個展を同町有田のギャラリー森(しん)で開催中。24日まで同作など約50点を展示している。ゆっくり丁寧に重ねた筆致そのものが、雪解けのような温かい印象をたたえる。「自然を描くことで続けられた人生」と振り返る。

 中国山地にある同町大朝の農家に生まれた。「中学の後は職業訓練校へ」と決めていたつもりが、好きな絵への思いが募る。地元の新庄高には、美術教師として多くの俊英を育てた小田丕昭(ひしょう)さん(1911~2003年)がいた。「小田先生は、若き日の教え子を原爆で失った痛恨を、画業と教育への熱情に変えていた。生徒の長所を見つけて伸ばす天才だった」。同高へ進学の道を選んだ。

 「小田先生のように」と自らも美術教師を志し、広島大教育学部へ。卒業後、着任した地元の芸北エリアの各中学で、生徒を鼓舞し巨大版画の共同制作などに挑み続けた。ところが、40代後半で学校に通えなくなる。「理想が高過ぎたのか、心身共に疲れ果てて…」。2年の休職を経て退職。自己嫌悪にさいなまれた。

 挫折から救ってくれたのは絵筆と自然だった。人間関係から逃れ、「死に場所を探すように」向かった北海道の湿原を前に、尽きかけていた絵心が湧いた。「自然の命の語りかけを描く画家になる」と思い直すと、生徒と一緒にスキー板をかつぎ、臥龍山に登った日々が心によみがえった。古里を拠点に、地元の自然にも絵筆を向けた。地域の人が支えてくれた。

 最後の個展を終えた後は、地元の寺の境内にある樹齢400年の桜の絵を完成させるつもりだ。描き始めて3年目。「命が尽きるまでに完成しないかもしれない。目と手が動いてくれる限り描く」。自らも自然の一部と心得る。(編集委員・道面雅量)

(2023年9月21日朝刊掲載)

年別アーカイブ