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社説・コラム

社説 国連総会 首相演説 核なき世界 具体策足りぬ

 岸田文雄首相は国連総会での一般討論演説に臨み、ライフワークとする「核兵器のない世界」を目指して、取り組みを強化する考えを示した。

 今まさに、核兵器が使われるかもしれないとの不安が広がる中、意欲は買いたい。ウクライナに昨年侵攻したロシアが、核兵器による脅しを続けているからだ。

 とはいえ、演説は廃絶への具体策を欠く。柱となるのは核軍縮の議論促進を支える研究機関への資金提供ぐらい。被爆地が長年、訴えてきた「核なき世界」を掲げた割には踏み込み不足である。

 岸田首相の国連演説は昨年に続き2回目。気候変動や感染症、法の支配への挑戦などの課題に世界は直面していると指摘して、協調に向けた世界を目指すよう呼びかけた。

 人間の命や尊厳が最も重要との原点に立ち返るべきだとの訴えである。その延長線上にあるのが、今回の演説でも中心に据えた核軍縮だろう。

 ただ、道筋は依然として見えてこない。例えば新たに打ち出した海外の研究機関・シンクタンクへの30億円拠出。「核兵器のない世界に向けたジャパン・チェア」を設置するという。専門家による議論の場となるようだ。

 ジャパン・チェアには先例がある。政府は2019年、800万ドル(約9億円)を拠出し、英国のシンクタンク、国際問題戦略研究所(IISS)に設けてもらった。日本の外交・安全保障政策を研究する専門家のポストである。

 新たなジャパン・チェアのポストも似たようなものなのだろうか。たとえ核戦略に詳しい研究者が座っても、原爆による広島、長崎の惨禍を理解していなければ、日本が資金を出す意味はあるまい。

 具体策に乏しいのは、核拡散防止条約(NPT)重視の姿勢でも同じだ。維持・強化するという岸田首相の方針はうなずける。しかし、昨年の再検討会議は、ロシア1カ国の反対によって、最終合意は得られなかった。それをどうすれば強化できるのか。対応策は示されていない。

 核廃絶へのさまざまな課題を丁寧に示す意味は大きい。ただ、前向きな姿勢を見せるだけでは、「やっている感」を出そうとしているとしか受け取れない。期待させた分、核廃絶を望む人々の失望を招くことになってしまう。

 兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の対応でも、成果は見通せない。岸田首相は関連の会合に出て、交渉の早期開始を訴えた。必要なことだが、後ろ向きな核保有国をどう説得するか。具体策がなければ、交渉の早期開始を訴えても、むなしさが募るだけになりかねない。

 演説では、核兵器禁止条約に触れなかった。被爆地の訴えを形にしたような条約にそっぽを向け続けている。被爆地の思いとの隔たりを埋める気があるのだろうか。

 核兵器がある限り、使われる恐れは消えず、人類が自滅するリスクはなくならない。それを防ぐには核廃絶しかない。被爆地の原点に立って、岸田首相は、そう保有国を説得するべきである。

(2023年9月21日朝刊掲載)

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