×

ニュース

故加納さんが著した評伝 復刊 日本統治下の朝鮮人女性飛行士描く 訂正原本発見 希望かなう

 広島の被爆者で女性史研究者の加納実紀代さん(2019年に78歳で死去)が20年近く前に刊行し、絶版になっていた「越えられなかった海峡 女性飛行士・朴敬元(パク・キョンウォン)の生涯」が、インパクト出版会(東京)から復刊された。日本統治下で飛行士となった朝鮮人女性の生涯を、加納さんが綿密な調査を基に肉付けした評伝である。(森田裕美)

 朴敬元は、日本の植民地だった朝鮮慶尚北道大邱生まれ。自己実現を希求して東京の日本飛行学校に入り、朝鮮人女性初の飛行士に。1933年、旧満州(中国東北部)へ「親善飛行」にたつも、その途上、伊豆で墜死した。

 民族や女性への差別が公然となされていた当時、朝鮮の女性が空を飛ぶことは大きな困難を伴ったろう。「某大臣の愛人」「民族魂の喪失者」といった中傷にもさらされる。そんな敬元の軌跡を、加納さんは日韓双方での文書調査や聞き取りに加え、不明な部分は創作も交え、描き上げた。

 軍人の子としてソウルで生まれた加納さんは、「侵略者」としての生い立ちと原爆被害者としての自分というアンビバレンス(相反性)から一面的に語れぬ歴史を検証し続けた研究者。本書は自身と朝鮮との関係を問う試みでもあったようだ。

 94年に時事通信社から初版が刊行された後も、加納さんは敬元に関心を寄せ、韓国を訪ねるなど調査を継続。誤りや新たな情報などを付箋に書いて貼り、その訂正原本を基に復刊を希望していた。ところがその原本が行方不明になったまま、4年前に他界した。

 その後、加納さんが残した大量の蔵書や資料はゆかりの広島へ運ばれ、親交のあった「ひろしま女性学研究所」(中区)の高雄きくえ主宰ら有志が「加納実紀代資料室サゴリ」(東区)を開設。整理作業のさなか、原本が見つかった。加納さんの仕事に伴走してきたインパクト出版会の深田卓さんがそれを基に、初版にない写真も加え、過去の講演資料を援用して整えて、改訂版が完成した。

 当初加納さんを執筆に突き動かしたのは、湾岸戦争を機に浮上した、女性の自己決定権と女性兵士の戦闘参加の問題だったという。本書の解説を担った池川玲子日本女子大学術研究員は「今に続く難題にどう答えるか。残された私たちが考えていかなくては」と話す。

(2023年9月25日朝刊掲載)

年別アーカイブ