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社説・コラム

『今を読む』 東京工業大教授 川名晋史(かわなしんじ) 円滑化協定と海自岩国基地

「多国間同盟」の説明足りぬ

 8月13日、日本とオーストラリアの間で「円滑化協定」が発効した。

 ピンとくる人はどれだけいるだろう。円滑化協定とは、日本にいる外国軍の待遇や地位を定めたルールのことである。

 よく知られる日米地位協定とは違う。地位協定は在日米軍のためのルールであり、円滑化協定は米軍以外の外国軍のためのものだ。日本はオーストラリアのほか、未発効ながら英国とも締結している。

 円滑化協定発効は戦後の日本の安全保障政策の大転換になる。日本が外部から攻撃を受けるか、あるいはそうした事態が想定される場合に米国以外の国に必要な支援を要請し、自衛隊との協力活動を実施することを法的に担保するものだからである。

 ところが、メディアの関心は意外にも低い。何を円滑化するのか、主語がないため、直観的でないからだろう。

 発効を受け、豪空軍が8月、自衛隊小松基地(石川県)に入り、共同訓練を行った。航空自衛隊もオーストラリアのティンダル空軍基地に入り、豪軍と共同訓練を行った。

 そう、円滑化協定は日本が外国軍を受け入れる際のみならず、自衛隊が外国の基地に入る際にも適用される。この相互性が日米地位協定とは決定的に異なる。

 一般論として、国家の軍隊が平時に外国の領域にあるときは国際法上、広範な特権、権能、免除が与えられる。ただし、あくまでも外国の軍隊が一時的に他国の領域にとどまる場合であって常駐する場合を含んでいない。

 常駐、あるいは頻繁に往来する場合は、駐留軍隊の地位について別個の協定を締結する必要が生じる。日本が円滑化協定を結んだのは、豪、英両軍の日本来訪が増えることを見越してのことだろう。

 2022年12月の国家安全保障戦略では「同盟国・同志国間のネットワークを重層的に構築するとともに、それを拡大し、抑止力を強化する」方針が示された。円滑化協定の締結はその具体的な取り組みの一つとなる。

 協定締結前は、外国軍が親善訪問として自衛隊基地に入る場合や日本領域で自衛隊と共同訓練等を行う場合には、その都度、相手国政府と協議のうえ訪問部隊の入国や軍用機の領空通過等について口上書の交換等を行っていた。

 22年度、自衛隊は米国以外ではオーストラリア、英国、インドなど5カ国の軍隊と共同訓練を実施した。今年3月には豪空軍が海自の岩国航空基地を訪れ、部隊交流を行っている。このような場合、構成員の民事、刑事の取り扱い、検疫、税関などの措置を定める文書をその都度作成していた。

 円滑化協定はこうした煩雑な調整を容易にする。部隊の出入国については査証の申請要件が免除される。派遣国が発給する運転免許証で車両を運転できる。武器の扱いについても、外国軍が武器、弾薬、爆発物、危険物を輸送・保管し、取り扱うことが認められる。もちろん、いずれも日本の国内法などに従うことが条件だ。

 「円滑化協定は有事を想定したものではない」というのが政府の立場である。しかし、協定は平時だけを対象とするものではない。グレーゾーン事態や重要影響事態はもちろん、武力攻撃事態等においても豪軍や英軍が日本領域内で活動する可能性を排除しない。

 より直接的に言えば、日本が武力攻撃を受けた場合や台湾有事など日本の安全保障に重要な影響を与える事態が生じた場合、豪軍や英軍は日本の、例えば岩国航空基地に来援する可能性がある。

 その来援を「円滑化」することも協定の趣旨である。この場合、英国もオーストラリアも「日本と密接な関係にある他国」にあたる可能性がきわめて高い。従って、既に日本に入っているか、あるいは新たに来援する両軍のいずれかが攻撃を受ければ、自衛隊は武力行使を含めた各種の支援を行うことになる。この部分は平和安全法制によって既に整備されている。

 今回の円滑化協定で整備されたのは、そうした来援部隊が自衛隊基地や日本の公共施設をスムーズに使用するための法的根拠だ。

 米国との2国間同盟を基礎とした戦後の日本の安全保障政策のあり方は今後、大きく変わる。円滑化協定は日本が事実上、多国間「準」同盟システムに組み込まれる最初の契機になるだろう。

 にもかかわらず、政府はこの重要な安全保障政策の転換を国民に十分に説明しているだろうか。日本の安保政策における民主的統制の問題が問われている。

 1979年北海道生まれ。国際政治学者。青山学院大大学院博士後期課程修了。東京工業大准教授などを経て、2023年から現職。広島大客員教授を兼任。著書に「基地の政治学」(佐伯喜一賞)、「基地の消長」(猪木正道特別賞)など。

(2023年9月23日朝刊掲載)

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