『潮流』 2人の知の巨人
23年9月23日
■特別論説委員 宮崎智三
「知の巨人」同士の対面は、実際にもなかったらしい。植物学者の牧野富太郎と、在野の博物学者、南方熊楠である。
富太郎をモデルにしたNHKの朝ドラ「らんまん」でも史実通り、会う場面は出てこなかった。
ただ、ドラマでは、熊楠の熱心さが、主人公である槙野万太郎の人生を変えてしまった。
紀州に住む熊楠は、明治政府が始めた神社合祀(ごうし)政策に強く反対していた。神社がなくなれば、鎮守の森をはじめ周囲の自然があちこちで失われてしまうからだ。
共感を覚える万太郎に大学教授は、国に逆らうなと、くぎを刺す。「深入りするんじゃない」
万太郎は、忠告より植物を大事にする。紀州を訪れて、失われゆく植物を調べ、その大切さを示す論文を世に問う。大学を辞める覚悟をして。
脚本家の意図なのだろう。何のための学問かを問いかけているように感じた。国家のためか、それとも広く万人、ひいては人類のためか、と。
学問をコントロールしようとする政府のよこしまな思惑に振り回される研究者たち。それは今も変わらない。
2020年、当時の菅義偉政権が、科学者の代表機関である日本学術会議の人事に介入した。正式な手続きで選ばれた新会員のうち、なぜか6人だけ任命を拒否した。
カネは出すが口は出さないのが、従来の政府方針だった。それを百八十度転換。国がカネを出すんだから言うことを聞けといわんばかりだ。
五輪に出る選手の育成にも税金は投じられている。だからといって、代表選手の選定に政治が口出ししてはなるまい。
そんな当たり前のことを、知の巨人のドラマが思い出させてくれた。
(2023年9月23日朝刊掲載)
「知の巨人」同士の対面は、実際にもなかったらしい。植物学者の牧野富太郎と、在野の博物学者、南方熊楠である。
富太郎をモデルにしたNHKの朝ドラ「らんまん」でも史実通り、会う場面は出てこなかった。
ただ、ドラマでは、熊楠の熱心さが、主人公である槙野万太郎の人生を変えてしまった。
紀州に住む熊楠は、明治政府が始めた神社合祀(ごうし)政策に強く反対していた。神社がなくなれば、鎮守の森をはじめ周囲の自然があちこちで失われてしまうからだ。
共感を覚える万太郎に大学教授は、国に逆らうなと、くぎを刺す。「深入りするんじゃない」
万太郎は、忠告より植物を大事にする。紀州を訪れて、失われゆく植物を調べ、その大切さを示す論文を世に問う。大学を辞める覚悟をして。
脚本家の意図なのだろう。何のための学問かを問いかけているように感じた。国家のためか、それとも広く万人、ひいては人類のためか、と。
学問をコントロールしようとする政府のよこしまな思惑に振り回される研究者たち。それは今も変わらない。
2020年、当時の菅義偉政権が、科学者の代表機関である日本学術会議の人事に介入した。正式な手続きで選ばれた新会員のうち、なぜか6人だけ任命を拒否した。
カネは出すが口は出さないのが、従来の政府方針だった。それを百八十度転換。国がカネを出すんだから言うことを聞けといわんばかりだ。
五輪に出る選手の育成にも税金は投じられている。だからといって、代表選手の選定に政治が口出ししてはなるまい。
そんな当たり前のことを、知の巨人のドラマが思い出させてくれた。
(2023年9月23日朝刊掲載)