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社説・コラム

『潮流』 2人の知の巨人

■特別論説委員 宮崎智三

 「知の巨人」同士の対面は、実際にもなかったらしい。植物学者の牧野富太郎と、在野の博物学者、南方熊楠である。

 富太郎をモデルにしたNHKの朝ドラ「らんまん」でも史実通り、会う場面は出てこなかった。

 ただ、ドラマでは、熊楠の熱心さが、主人公である槙野万太郎の人生を変えてしまった。

 紀州に住む熊楠は、明治政府が始めた神社合祀(ごうし)政策に強く反対していた。神社がなくなれば、鎮守の森をはじめ周囲の自然があちこちで失われてしまうからだ。

 共感を覚える万太郎に大学教授は、国に逆らうなと、くぎを刺す。「深入りするんじゃない」

 万太郎は、忠告より植物を大事にする。紀州を訪れて、失われゆく植物を調べ、その大切さを示す論文を世に問う。大学を辞める覚悟をして。

 脚本家の意図なのだろう。何のための学問かを問いかけているように感じた。国家のためか、それとも広く万人、ひいては人類のためか、と。

 学問をコントロールしようとする政府のよこしまな思惑に振り回される研究者たち。それは今も変わらない。

 2020年、当時の菅義偉政権が、科学者の代表機関である日本学術会議の人事に介入した。正式な手続きで選ばれた新会員のうち、なぜか6人だけ任命を拒否した。

 カネは出すが口は出さないのが、従来の政府方針だった。それを百八十度転換。国がカネを出すんだから言うことを聞けといわんばかりだ。

 五輪に出る選手の育成にも税金は投じられている。だからといって、代表選手の選定に政治が口出ししてはなるまい。

 そんな当たり前のことを、知の巨人のドラマが思い出させてくれた。

(2023年9月23日朝刊掲載)

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