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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「デミーンの自殺者たち」 エマニュエル・ドロア著、剣持久木・藤森晶子訳(人文書院)

戦時暴力の構造 浮き彫り

 第2次大戦の独ソ戦末期、ソ連兵による虐殺や強姦(ごうかん)、放火といった暴力を恐れた住民たちが集団で死を選んだ町があった。ドイツ北西部のデミーン。

 ドイツ史上最大規模の集団自殺の犠牲者は千人を下らないとも言われる。数さえはっきりしないのは、この町が戦後、東ドイツに編入されたから。「友好」の名の下、ソ連の暴虐は長くタブーにされた。公に語られるようになったのは、半世紀を経てからという。

 悲劇はなぜ起きたのか―。フランスの歴史学者である著者が、1945年4月30日からの5日間を、残された証言や資料から掘り起こしたのが本書である。

 デミーンがソ連軍に包囲されると、ドイツ国防軍や行政当局は先に逃亡、脱出経路につながる橋を爆破した。残された女性や子どもたち民間人が孤立する町で、優越感を得たソ連兵は酒を飲み、集団となって攻撃性をあらわにする。一方ドイツ市民には恐怖から希死念慮も広がっていた。

 著者は丹念な叙述で、何がデミーンの人々を「自殺者たち」にさせたかに迫っていく。そこに至るまでの複雑な力学に着目し戦時暴力のメカニズムを浮き彫りにする。

 ロシアのウクライナ侵攻でもロシア軍による虐殺や性暴力が報じられる。だが著者はデミーンの悲劇を「ソ連兵の生来の暴力性」に結びつけたりナチスドイツの戦争犯罪を相対化したりする動きにノーを突き付ける。

 読めば、沖縄や旧満州(中国東北部)で78年前に起きた同様の出来事にも思いが至る。本書が伝えるのは、固有の問題ではない。条件が重なれば、どこでも、未来にも、起こり得る戦時暴力の悲惨である。

これも!

①下嶋哲朗著「非業の生者たち」(岩波書店)
②中村雪子著「麻山事件」(草思社)

(2023年10月2日朝刊掲載)

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