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連載・特集

韓国政府 同胞の在日被爆者を初招待 同行ルポ 異郷での辛苦 翻弄された歩み

未来志向の先に「核なき世界」を

 日本の植民地支配下で海を渡り、広島や長崎で原爆に遭った在日韓国人被爆者。原爆の後障害に加え貧困や差別など幾重もの苦しみを味わい、祖国からも長く目を向けられてこなかった。その彼らが今秋、韓国政府から初めて招待を受け、広島から祖国に渡った。歴史に翻弄(ほんろう)されてきた被爆者たちに同行し、歴史的「招待」の意味を考えた。(小林可奈)

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の意向で、被爆2世を含む38人が招かれたのは9月28日~10月3日で韓国は「秋夕」の連休。日本のお盆のように家族や親戚が集まり先祖を弔う大切な時季だという。韓国政府は人々にとって特別な意味を持つ日程に招いたようだ。

 ただ被爆から78年がたち、苦難の道を歩んだ被爆者の多くはすでに亡くなった。長崎の被爆者をはじめ高齢で体調が思わしくなく、訪韓がかなわなかった人もいる。

 訪韓できた被爆者も皆高齢。ソウル近郊の仁川国際空港に到着した時には自力歩行もままならず、出迎えた在外同胞庁の李基哲(イ・ギチョル)庁長に車いすを押してもらう場面もあった。一行が「祖国で祖国の大統領に会いたい」と老骨にむち打って海を渡ったことを、移動を共にするたび実感した。

心寄せる大統領

 2日目の午前。ピシッとしたスーツ、若草色や紫の華やかな伝統衣装チマ・チョゴリ(韓服)に身を包んだ被爆者たちが滞在先のホテルからバスに乗り込んでいた。

 この日、一行は旧大統領府「青瓦台」へ。昼食を挟んで約2時間、尹氏と対面した。「植民地時代、異郷暮らしで受けた被害だっただけに悲しみと苦痛は一層大きかったろう」。そうおもんぱかった尹氏の言葉に、「私たちをいたわってくれた」と喜んだ。

 「ぎゅっと手を握り返してくれたようだった」。尹氏と握手を交わした曺仁順(チョ・インスン)さん(87)=広島市安佐北区=は感動を口にした。9歳の時に入市被爆。日本の敗戦後、困窮と混乱の中で先に祖国へ帰った父や兄に続くことができず、母と姉妹6人で日本に残った。学校にも通えず、あめの行商で命をつないだ。差別され、心ない言葉も浴びた。頰に涙が伝うのはここまでの長い道のりを思うからだ。

 日本の植民地支配によって徴用・徴兵され、あるいは生活困窮で朝鮮半島から海を渡り、被爆した人たち。曺さんのように日本に残った人もいれば、祖国に帰った人もいる。昼食会には韓国に暮らす被爆者も招かれた。

 「同胞たちと共に招いていただき、本当にありがたい」。韓国原爆被害者協会の沈鎮泰(シム・ジンテ)・陜川(ハプチョン)支部長(80)は感慨深げに話した。

 在韓被爆者もまた、祖国に戻ってから過酷な日々を過ごした。1950年からの朝鮮戦争も体験。原爆の後障害や貧困に苦しみながら韓国内では差別され、日本政府の援護からは長く切り捨てられた。十分な治療を受けられないまま亡くなった人は少なくない。

歳月が生んだ壁

 今回の訪韓は、長く海を隔てた同胞同士が交流する好機でもあった。広島に戻る前日、ソウル市内であった韓国政府・在外同胞庁主催の夕食会には、在日・在韓の被爆者が顔をそろえた。積年の辛苦を分かち合えたことを喜んでいた一方、歳月が生んだ言葉の壁もあり、会話が深まらないなどぎこちなさも見受けられた。祖国を同じくする被爆者が、海を隔てて生きざるを得なかった歴史の一端を垣間見た気がした。

 今回の招待で、日韓友好や、被爆者に思いを寄せる姿を印象付けた韓国政府。しかし一方では北朝鮮の核・ミサイル開発を背景に米国の「核の傘」へ依存を強めてもいる。7月には米国との核協議グループ(NCG)初会合をソウルで開催。釜山には核ミサイル搭載可能な米軍の戦略原子力潜水艦が入港した。8月に日米韓で出した共同声明で、完全非核化を目指す対象を従来の「朝鮮半島」ではなく「北朝鮮」に限定したのも、尹政権の意向とみられる。

 韓国原爆被害者対策特別委員会の権俊五(クォン・ジュノ)委員長(74)=西区=はそうした現状を踏まえ、「核兵器は悪夢だ。とても悲しくつらい」と尹氏に被爆者の声を代弁していた。

 「韓日関係をより未来志向的に発展させる」。被爆者を前に尹氏が語ったように、今回の招待は日韓関係の改善に向けた一つのステップなのだろう。ただ韓国政府のいう「未来志向」の視線の先に、被爆者たちが訴えてきた「核兵器のない世界」はあるのだろうか。被爆者の痛みや犠牲の歴史に真摯(しんし)に向き合えているだろうか。同じ問いは、日本政府にも向けられている。

在外同胞庁
 在外コリアンの支援強化のため、韓国政府がことし6月発足させた。外務省やほかの機関に分散していた在外コリアン政策を担う。同政府は外国に永住する韓国人や、韓国籍ではないが民族の血統を受け継いでいるとみなされる人を「在外同胞」と規定。全世界に730万~750万人ほどおり、日本には約80万人いるとしている。

(2023年10月16日朝刊掲載)

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