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ガザ・イスラエル情勢インタビュー

 パレスチナ自治区ガザの情勢について、広島の識者2人に聞いた。広島大大学院の溝渕正季准教授(中東政治)は、イスラエル軍のガザ地上侵攻で「かつてない泥沼にはまる」と事態の深刻化を強く危惧。広島市立大の田浪亜央江准教授(中東地域研究)は、パレスチナ人が歴史的に虐げられてきたとして「不均衡な被害実態を軽視している」と訴える。

 溝渕氏は、ガザ地上侵攻に対し、イスラム組織ハマスが長期のゲリラ戦に備えているとみる。イランや米国が参戦し、第3次世界大戦のような最悪の事態に陥る恐れも指摘しつつ、「仲裁に入れるとすれば米国」との見立てを示す。

 田浪氏は、ガザの知人たちから連日、惨状が伝わってくるという。75年前のイスラエル建国でパレスチナ人が故郷を追われた歴史を挙げ、ハマスの奇襲攻撃後の状況だけに注目しては「事態の矮小(わいしょう)化になりかねない」と懸念する。

 2人は、平和の実現や人道危機の回避へ被爆地広島が果たすべき役割にも期待している。(宮野史康、小林可奈)

広島市立大 田浪亜央江准教授(中東地域研究)

パレスチナの人道危機直視を

 「逃げ場がない」「病院は負傷者であふれている」。パレスチナ自治区ガザの知人たちから連日、現地の窮状を訴える声が通信アプリで届く。

 ガザは、16年間にわたりイスラエルが封鎖しており、食料や薬品の物流を管理。生殺与奪の権利を握られ「天井のない監獄」と呼ばれてきた。私は先月ヨルダン川西岸を訪ね、占領者であるイスラエルが入植地を拡大させているさまを見た。パレスチナが置かれた状況の悪化を目の当たりにしたばかりだった。

 なぜ、今回の事態が起きたのか。背景には、1948年のイスラエル建国に伴って故郷を追い出され、多くが難民となったパレスチナ人の帰還権を巡る「パレスチナ問題」がある。イスラム組織ハマスが奇襲攻撃をしてからの約10日間に注目するだけでは、事態の矮小(わいしょう)化になりかねない。

 ロシアに侵攻されたウクライナの市民のように、虐げられてきたパレスチナの人々が抵抗を続けている。イスラエル軍から日常的に空爆を受け、おびただしい数の命が奪われてきた。にもかかわらず、パレスチナ人の被害に関する報道は一貫して少ない。国際社会は、命の格差と、不均衡な被害実態を軽視し続けている。今回大きく報じられているのは、米国などが支持するイスラエル側の死者が3桁に達したからである。

 イスラエル軍はガザ北部の約110万人の住民に避難通告を出したが、病気などで移動ができない人も少なくない。避難できても食料や水の保障はない。イスラエル建国に伴い約90万人が難民となったナクバ(大惨事)に次ぐ「第二のナクバ」と言える非人道的事態が進んでいる。だがイスラエル軍は過去最多となる予備役兵を招集しており、状況がすぐに収まるとは考えにくい。

 地上戦になればガザ地区では数万人単位の命が奪われる。攻撃がヨルダン川西岸にも拡大する恐れもある。イスラエルは事実上の核兵器保有国で、使用の懸念も排除できない。

 私を含む市民約40人が先日、原爆ドーム前に集まりガザへのさらなる攻撃中止をアピールした。この人道危機を直視し、さらなる暴力のエスカレーションを止める訴えが被爆地にも求められている。(聞き手は小林可奈)

広島大大学院 溝渕正季准教授(中東政治)

最悪シナリオ 第3次世界大戦

 イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザに地上侵攻すれば、かつてない泥沼にはまる。当然、イスラム組織ハマスは長期のゲリラ戦の準備が整っているはずだ。ガザには、何十万人単位で犠牲が出る。イスラエル軍の死者も何千、何万人になるだろう。

 イスラエルはアラブ首長国連邦(UAE)などアラブ4カ国と和平を結び、米国の仲介でサウジアラビアとも和平交渉を進めていた。このままだとガザとヨルダン川西岸の状況は固定化し、虐げられているパレスチナの人々が取り残されかねない事態だった。

 ハマスは、イスラエルとアラブ諸国、さらにアラブの国民と為政者の関係にくさびを打ち込みたかったとみられる。だが、ここまで大規模に攻撃した理由ははっきりしない。

 大規模な地上侵攻になれば世界も割れる。米国はイスラエルを最後まで支持するだろうが、欧州はイスラエルがやり過ぎたら批判に転じるのではないか。ロシアや中国は、もともとハマスの民族解放の戦いを理解している。世界の構図が流動的になり、「イスラエル批判、ハマス支持」でロシア、フランス、ドイツが一致するかもしれない。

 レバノンの民兵組織ヒズボラやイランの参戦は、地域全体を巻き込む紛争につながる。さらにエスカレートすれば、イランがホルムズ海峡の米軍や石油タンカーを攻撃し、米国が応戦すると、第3次世界大戦のような事態になる。最悪のシナリオだ。仲裁に入れるとすれば米国なのだが。

 ハマスのような非国家主体に核抑止は機能しない。イスラエルが核兵器を保有した1960年代以降も、武力衝突は続いてきた。ガザは東京23区の半分ほどの面積しかなく、核攻撃はあり得ないだろう。イスラエル側も確実に被害を受け、国際的な批判が巻き起こる。ただ、中東非核兵器地帯の実現は遠ざかった。

 「パレスチナ問題」は国際法に背くロシアのウクライナ侵攻とは違い、双方に言い分がある。解決策が見いだせない中、市民レベルでの交流は大事だ。パレスチナ、イスラエルの若者を招き、戦争や原爆の話を伝え、平和の重要さを感じてもらう。広島はその役割を担える。(聞き手は宮野史康)

(2023年10月18日朝刊掲載)

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