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緑地帯 朽木祥 記憶を伝える旅③

 日本発のマンガ人気については、さらに印象的なことがあった。「はだしのゲン」が、アラブ首長国連邦や中東でよく読まれているというのだ。

 取材に来てくれたジャーナリスト、アミン・アバス氏はアラビア語で全巻熟読したという。アラビア語に全訳したのはカイロ大の教授である。同大から九州大に留学していた通訳のカマールさんは、日本語で読破したそうだ。

 2人ともどれほど心を動かされたか語ってくれた。原爆被害の実相をこの本で初めて知ったこと、被害の描写がまさに想像を絶していたことも。

 原爆や戦争の描写や表現については、「光のうつしえ」英訳版が刊行されて、改めて気がついたことがある。各国の書評サイトにトリガーという語が散見されるのだ。「この本は、子どもたちに(戦争の描写などで)トラウマを与えるか、その引き金になる要素はあるか」という意味である。

 確かに「はだしのゲン」には読者のトラウマになりかねない表現はあるだろう。悪魔的兵器のもたらした絶後の被害を描いているのだから。

 だが、先年ノーベル文学賞を受賞したアレクシエービッチ氏も言っている。「思い出しただけでむかつくような」戦争の本を書きたいのだと。

 対象年齢を限るなどの配慮は必要かもしれない。しかし、世界的に人気のある媒体によって「ヒロシマの負の記憶」を伝える意義は、きっと大きいはずだ。(作家=神奈川県鎌倉市)

(2023年10月31日朝刊掲載)

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