×

連載・特集

緑地帯 朽木祥 記憶を伝える旅⑤

 ミュンヘン国際青年図書館は「子どもの本で平和をつくる」という標語のもとに設立された。第2次世界大戦後まもなくの厳しい日々のことだった。

 建物は修復された美しい古城だ。敷地内の湖には白鳥たちも浮かぶ。子どもたちにとってはおとぎ話の世界のような場所だ。貴重な資料も多数所蔵し、世界中から研究者がやってくる。

 「ホワイト・レイブンズ」フェスティバルは、2年ごとに開催され、多くの子どもたちや人々が集う。本年は13カ国から作家が招かれた。城でのさまざまなイベントに参加後、それぞれ各地へ講演に出かけるプログラムだった。

 お国柄というか、ドイツでは事前準備も徹底していた。私の訪問先では生徒たちが「光のうつしえ」の翻訳を読んで待っているとのこと。独語訳は村上春樹氏の翻訳などで知られる訳者が手がけ、それを女優のダーシャ・フォン・ワーベラーさんが朗読してくださると聞いていた。講演には音源持参だろうと思っていたら、この方は全てに随行された。

 これがすばらしかった。受賞歴もあるダーシャさんが「光のうつしえ」を朗読し始めると、聴衆はすぐに物語の世界に引きこまれるのだった。

 日本でも吉永小百合さんがヒロシマを伝える朗読を続けてくださっている。

 講演にもドイツのような試みを加えれば、「負の記憶」を心の深いところに届ける大きな助けになるかもしれない。 (作家=神奈川県鎌倉市)

(2023年11月2日朝刊掲載)

年別アーカイブ