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連載・特集

緑地帯 朽木祥 記憶を伝える旅⑦

 講演旅行後は、強制収容所のほか、ヒトラー暗殺を企てて処刑された人々やレジスタンスの資料館を取材した。

 これら負の記憶を伝える全てのモニュメントは、見る人に問いかける。「どうして、こんな恐ろしいことが起きたのか。どうして、この人たちが犠牲になったのか」と。

 レーゲンスブルクの石畳で〝躓(つまず)いた”真鍮(しんちゅう)のプレートも、その一つだった。シュトルパースタインすなわち「躓きの石」である。現在までに7万個以上が、ホロコースト犠牲者たちのかつての住居前に埋めこまれているという。

 「一つの石に一つの名前、一人の人間」として、犠牲者の記録が刻まれている。二つ並んでいたのは夫婦だろうか。名字と逮捕日は同じ。その他には「死亡」とあるだけ。最期を伝える記録はそれだけだ。

 ミュンヘンでは「躓きの石」はほとんど見かけなかった。生き残ったユダヤ人たちから大きな反対があったためだ。死者を足で踏みつけるような設置の仕方が不謹慎だと。

 この心情は理解できる。広島でも「平和公園辺りに行くと、死んだ人らの頭を踏んで歩いとるような気がする」と親族たちからよく聞いたものだ。

 しかし、「躓きの石」プロジェクトには、大きな意味がある。

 人が足下の「躓きの石」に躓くとき、心でも躓く。そのとき、きっと犠牲者を思い、負の記憶を思い起こすにちがいないからだ。(作家=神奈川県鎌倉市)

(2023年11月4日朝刊掲載)

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