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連載・特集

緑地帯 朽木祥 記憶を伝える旅⑥

 ドイツでは4日間でバイエルン州の6カ所を講演して回った。企画や通訳担当のグレゴール・ワコーニグさんをはじめとするチームでの移動だ。

 講演では、「光のうつしえ」ドイツ語訳に続いて日本語でも朗読することになっていた。「退屈では?」と訊(たず)ねたら、「日本語を聞いたことのない生徒がほとんどなので、ぜひ」とのこと。そこで、少し短いバージョンを読んだ。幸い、短歌を含む章がテキストになっていたので詩歌の形式も説明することに。日本語の音律の美しさを示す例として藤村の詩なども紹介した。

 すると、講演後に「日本語を勉強したい」という生徒たちが演壇に殺到したのである。

 日本語を自在に操るグレゴールさんの姿も、インパクト大だったのだ。半パン姿のカジュアルな見かけによらず日本のベストセラーも翻訳している実力派である。グレゴールさんは「マンガだけじゃだめ。まず語彙(ごい)と文法!」と生徒たちに力説していた。

 ミュンヘン大での講演にも日本語学科の熱心な学生たちがやってきた。行く先々で「日本大好き」な若者が現れては、ぜひ日本文化を学びたいと口をそろえたのだった。

 どうか、現在の日本が、そんな期待にわずかでも応えられる国でありますように、と祈るような気持ちとともに握手して別れた。

 帰国後の今も、外国人観光客を見かけるたび、希望に満ちた彼らの表情を思い出す。 (作家=神奈川県鎌倉市)

(2023年11月3日朝刊掲載)

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