×

連載・特集

緑地帯 永井明生 再発見・浜崎左髪子①

 現在、泉美術館(広島市西区)で浜崎左髪子(さはつし)の回顧展を開催している。左髪子は、生涯を通じて広島を拠点に活動した日本画家。軽妙な言葉を紡ぎ出すエッセイスト、さらにはアートディレクターのような存在としても広く認知されていた。

 左髪子という名前は雅号(本名は稔明)で、その字面の印象から、女性だと勘違いされる来館者もいる。実際には、おしゃべり好きで世話好きな男性で、頑固さも持ち合わせたマルチクリエイターであった。雅号の由来は、平安・鎌倉の時代に若者が髪を左側に束ねてお洒落(しゃれ)をしたり大志を抱いたことから、とも言われる。「鯖寿司(さばずし)」が好きだったから「さはつし」という真偽のほどが不明な説もある。

 左髪子による個性的な太い書体の文字は、今も複数の店舗・会社の看板やロゴに用いられる。また、各種包装紙などにも左髪子のデザインが採用され、多くの人に親しまれている。いわば、街中に左髪子があふれ、浸透しているのである。

 しかし、制作者としてその名前が前面に出ることはない。一度も回顧展が開かれず、画家としての活躍も没後30年をこえた現在では忘れられつつあった。広島の美術史を語る上で欠くことのできない浜崎左髪子。その画業や多彩な創作の全体像を跡づけることは、左髪子と直接交流のあった方々が少なくなる中で、喫緊の課題ではないかと感じていた。(ながい・あきお 泉美術館学芸部長=尾道市)

(2023年11月9日朝刊掲載)

年別アーカイブ