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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 軍事とジェンダー 「隠れた動機」 見落とすまい 一橋大教授 佐藤文香さん

 緊迫が続くウクライナで銃を手に取る女性兵士が注目され、パレスチナ自治区ガザを激しく攻撃するイスラエル軍はかねて女性の徴兵で知られている。世界で軍事・国防分野への女性の進出が拡大する中、大義名分とされるのが「男女平等」だ。だがそれは、単に歓迎することなのだろうか。長年、自衛隊や海外軍隊の女性をテーマに研究してきた佐藤文香・一橋大教授にどう考えるべきか聞いた。(ヒロシマ平和メディアセンター・森田裕美)

  ―軍事分野への女性参画は世界的な潮流ですか。
 例えば大西洋条約機構(NATO)加盟国の軍隊における女性の割合は平均で13%。多様性(ダイバーシティー)の推進を理由に北欧のノルウェーやスウェーデンなどが女性の徴兵を義務化しました。

 日本でも防衛省は女性自衛官の割合を2030年までに12%以上に増やそうとしています。ただ私は軍事・国防分野での女性の職域拡大を、拙速に「男女平等」と結びつけることには慎重であるべきだと思っています。

  ―なぜですか。
 欧米などではリベラル・フェミニストと呼ばれる人たちが完全な男女平等を求め、政治や経済などほかのあらゆる領域と同様に、軍隊も女性に開かれた組織にすべきだと訴えています。一方、保守の立場から「平等と言うなら女が兵役を果たさないのは欺瞞(ぎまん)だ」と主張する勢力もあります。

 こうした動きの裏には、本来の女性の権利とは異なる「隠れた動機」があることに注意を払う必要があります。

  ―どういうことですか。
 少子化が進む国や戦闘が長期化している国では、軍隊が男性だけで賄えなくなっている実情があります。例えば女性の徴兵を巡る議論が浮上している韓国では、合計特殊出生率が0・78人と急速な少子化が進み、兵力維持に困難を来しています。

  ―戦闘の長期化で言えば、ウクライナ政府公式交流サイト(SNS)が、この2年で従軍女性が40%増えたと発信しているのを見ました。
 これまでにも武器を取る女性兵士の画像や動画が投稿されています。女性が武器を持ってウクライナに残る姿は、総動員令で国外避難が原則禁止された男性にとって「女が戦っているのに逃げるのか」という言外の圧力になります。国際的には「女までも戦っている」とロシアの不当さを強調するプロパガンダとしても機能します。

  ―単純に「女性活躍」や「機会の平等」と捉えるべきではないということですね。
 近年は中東などの紛争地域でも女性兵士の姿がアピールされています。世界経済フォーラムによるジェンダー・ギャップ指数の低い国が、戦略的に軍事・国防分野に女性を据えることもあります。

 さまざまな国家の思惑の中で、平等や多様性といった言説を巧みに使って女性が動員されていることにも目を向けなくてはなりません。

  ―戦争や暴力への拒否感から、軍事・国防組織の女性について議論することは、日本では長くタブー視されてきたように感じます。
 20年前はこうした分野を研究することは自衛隊を是認することになると批判され、議論の手前で終わっていました。今でも、女性が加わることで多様性を増し軍事組織が変わるという楽観論と、「社会を軍事化するだけだ」という悲観論があります。ただ女性が入ることで組織の問題が可視化されるのもまた事実です。

 例えば元自衛官の五ノ井里奈さんの告発で、自衛隊内の性暴力の問題は大きな注目を浴びました。組織の中で「当たり前」「仕方ない」で片付けられてきたことが可視化され、社会問題として捉えられるようになりました。

  ―現状をどう捉えればいいですか。
 この世の中は、是か非か二元論で割り切れるものばかりではありません。軍事組織の応援団になったり、逆に存在を全否定したりするのではなく、今起きている事態をさまざまな角度から見据えながら思考を鍛え上げることが必要だと思います。

さとう・ふみか
 1972年生まれ。慶応大大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。中部大専任講師、一橋大准教授などを経て2015年から現職。専門はジェンダー研究、戦争・軍隊の社会学。著書に「軍事組織とジェンダー 自衛隊の女性たち」「女性兵士という難問 ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学」など。

(2023年11月15日朝刊掲載)

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