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連載・特集

響け、あしたへ エリザベト音楽大75周年 <下> 広島の音楽界を熱く

平和伝える国際交流も

 プロオーケストラの広島交響楽団をはじめ、広島の音楽界はエリザベト音楽大の存在抜きには語れない。学生たちは音楽を通してヒロシマを伝える国際交流にも存在感を発揮している。

 今年、創立60周年を迎えた広響。前身の広島市民交響楽団を創設したのは、エリザベト音楽大助教授の井上一清さん(後に同大学長、2019年に85歳で死去)と音楽仲間だった。1964年の第1回定期演奏会には多数の同大教員や学生が楽団に加わった。

 広島を拠点とするもう一つのプロ楽団、広島ウインドオーケストラ。30年の歴史は、学内の同好会から始まった。

 「指導者の山城宏樹先生(現名誉教授)の下で活動が盛り上がり、卒業時にもっとやりたいね、となった」。首席コンサートマスターのクラリネット奏者、翁優子さん(55)=安佐南区=は創立メンバーの一人だ。年2回の定期演奏会を続け、2011年に指揮者の下野竜也さんが音楽監督に就任。芸術性の高い吹奏楽団として注目を浴びる存在になった。近年は東京からも入団希望者が集う。

 「学生時代に初めて公演を聴いて、衝撃を受けた」と話すのは、新人団員のユーフォニアム奏者、中村大也さん(31)=下松市。同音大4年のとき、日本管打楽器コンクールで在学生初の入賞(2位)を果たした。今年1月にオーディションを突破して入団。「先輩が築いた広島ウインドの音に、新しい色を加えていけたら」

 広島市が掲げる「オペラの街づくり」にも同音大は関わる。4年前、市民オペラ団体「広島シティーオペラ推進委員会」と連携。学生・教員がキャストや合唱団、スタッフとして力を発揮する。

 そもそも校名の「エリザベト」は、ベルギーのエリザベト王妃が開学を支援したことに由来。「国際友好」は建学以来の校是だ。現在、海外28大学と交流協定を締結。これまでに中国、フィリピン、韓国、米国などから計159人の留学生を受け入れた。日本の学生が東南アジアの貧困地域を訪れ、演奏を届ける活動も続ける。

 17年8月、学生らでつくる合唱団と交響楽団の総勢137人はドイツ公演に挑んだ。クラシックの名曲と併せて披露したのは、広島市出身の作曲家、細川俊夫・同大客員教授の「星のない夜―四季へのレクイエム」。戦争の悲劇と、それでも巡り来る季節―。学生らは祈りを込めた音色を響かせた。

 新型コロナウイルス禍で海外公演は中断したが、来年は韓国・済州島の国際管弦祭に約50人が参加する予定だ。「音楽を通し希望を」。75年前、焼け野原にともった灯火は、学生の心に受け継がれる。(西村文)

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 エリザベト音楽大は20日午後6時半、創立75周年記念「第82回定期演奏会」を学内のセシリアホールで開く。下野さんの指揮で同大合唱団・交響楽団が細川さんの楽曲などを演奏する。前売り、当日ともに千円。前売りが完売の場合、当日は発券しない。学事部☎082(225)8004。

川野祐二理事長・学長(64)

「地域の交差点」これからも

 大学を取り巻く環境が激変する時代に迎えた創立75周年。川野祐二学長(64)は建学の精神に立ち返り、「音楽を通し地域や世界に役立つ人材を育てる」と力を込める。

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 被爆後の混乱で衣食住も事欠く中、音楽学校を開こうと思い立ったエルネスト・ゴーセンス神父のアイデアに驚く。平和な時代が訪れ、音楽を求めた人々の思いは、現代のコロナ明けとも重なる。神父も街のレコード鑑賞会に集う人々を見て、音楽の力を感じたのかもしれない。

 草創期は給与の遅配もあり経営が大変だったと聞く。「よくここまで生き残ることができた」と感慨深い。強みは、宗教音楽と合唱を必修科目にしていること。学生たちは年5回、世界平和記念聖堂でのミサでグレゴリオ聖歌をラテン語で合唱する。「西欧音楽の源泉」を実践する場だ。

 少子化や社会情勢の変化で、どこの音大も学生募集に苦労している。エリザベトも創立50周年には想像できなかった状況だが、現在の経営は資産運用の効果もあって安定している。奨学金制度も拡充。ゲーム音楽や情報処理など、音大に求められる分野は広がっており、人工知能(AI)に関する授業も取り入れた。

 小規模校の特性を生かし、教員が連携して学生一人一人を大切に指導している。個人レッスンで鍛えられた学生は粘り強い。就職率は高く、一般企業で力を発揮している学生も多い。ヒロシマの地で育んだ創立者の思いをつなぎ、これからも「地域の交差点」の役割を果たすとともに、「人のために役立つ」大学づくりをしていく。(聞き手は桑島美帆)

かわの・ゆうじ
 東京都生まれ。1981年上智大文学部卒。84年に上智大大学院修士課程修了後、エリザベト音楽大専任講師。2005年教授、10年から学長。21年にベルギー政府から王冠勲章オフィシエ章を受けた。

(2023年11月18日朝刊掲載)

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