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社説・コラム

『想』 木村瑠菜(きむらるな) 音に乗せて伝えたい

 私は広島市で生まれ育った被爆3世です。今はヨーロッパでバイオリンを学んでいます。海外の人たちに自己紹介をする機会が多く、「広島出身です」と伝えると、必ずといっていいほど原爆のことを聞かれます。中には「今の広島は大丈夫なの?」という言葉もあり、世界で認知されている広島と現実の違いに衝撃を受けました。

 被爆者である祖父には「怖い」というイメージが先行して原爆の話を聞いたことがありませんでしたが、思い切って聞いてみることにしました。

 被爆当時5歳だった祖父は「焼けた街の風景や人の姿が脳裏に焼きついている。昨日のことのように鮮明に思い出し、大きな恐怖として残っている」と語りました。祖父は戦争時の苦労や悲しみを全く見せないので、原爆を語る祖父の言葉はとても重かったです。そして原爆の脅威や被爆者の思いを風化させてはならないと思い、被爆3世として若い世代に何か発信していきたいと思いました。

 ちょうどその頃、同じ思いを抱く人たちに出会い、演奏会で語り部を務める機会に恵まれました。原爆の被害や影響を伝え、平和を願って欧州出身のピアニストと演奏しました。

 聴いた人が改めて原爆の怖さを感じ、被爆者がどういう思いで復興を願い生活してきたのか、心を寄せることで、今の幸せの尊さを実感してほしいと思ったのです。

 75年間は草木も生えないといわれた広島。緑にあふれる街に発展したのも人々が平和への思いを紡いできたからこそ。時を重ねてつないできたその思いを受け継ぎ、日本と世界に発信していきたいと考えています。

 私にできるのは、思いを表現できる曲を考えて演奏し、音に乗せて届けることです。世界には言葉のない民族はあっても、音楽のない民族はないといわれます。言葉がなくても伝えられる音楽だからこそ、世界中の人々に寄り添える音楽を届けられると信じています。音に乗せて伝えることは私にとっての第一歩でもあるのです。(バイオリニスト)

(2023年11月25日朝刊セレクト掲載)

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