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広島原爆写真「世界の記憶」申請 どう見る

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」国際登録へ、広島市と中国新聞社など報道機関5社が、写真1532点と動画2点からなる「広島原爆の視覚的資料―1945年の写真と映像」を共同申請した。被爆関係資料を研究してきた宇吹暁(さとる)・元広島女学院大教授と、アーカイブズ学が専門の久保田明子・広島大原爆放射線医科学研究所助教に、どう見るか聞いた。(編集委員・水川恭輔)

被爆体験の国際化進む

元広島女学院大教授 宇吹暁氏

 被爆体験の国際化が新たな局面に踏み出す印象だ。原爆ドームが1996年に登録された「世界文化遺産」は遺跡や建造物が対象だった。一方、今回の「世界の記憶」は広島の人たちが被爆の記憶を語る上で大切にしてきた資料の登録を目指している。登録されれば、その資料が広島の原爆被爆を理解するための各国共通のベースになる。

 原爆記録写真は、被爆の記憶を語る上で確かに重要な役割を果たしてきた。戦後、原爆展などで反響を呼び、原水爆禁止運動においても社会的な関心を広げた。映像もまた重要資料だ。

 同時に、写真と映像にとどまらない原爆資料の登録へ、ほかの候補を考える議論が今後さらに広がるよう期待している。例えば、「広島県史 原爆資料編」(72年刊)に収められているような被爆直後の文書類。物理学者の仁科芳雄氏らが加わった調査団の資料など重要な記録は数多い。証言を録音したテープや被爆者調査に使った記録カードなども検討に値する。

 今回の申請作業で、原爆資料館の学芸員をはじめさまざまな機関の人がこの制度に向き合った今は、原爆資料の保存の在り方を幅広く考える良い機会だ。市民自らが被災資料を調査・収集して散逸を防ぐために資料目録の作成などを進めた「原爆被災資料広島研究会」(68年結成)のような具体的な動きにつながれば、なお良い。

 振り返れば、原爆ドームの世界遺産化を巡る審議では、中国と米国の代表がそれぞれ決定への保留や不参加という態度を示した。第2次世界大戦の歴史認識が背景にあった。現在の国際政治の状況で、今回の審査はどうなるのか、注目している。

保存活用の強化 連携を

広島大原爆放射線医科学研究所助教 久保田明子氏

 申請された写真と映像は核兵器による被害を古い出来事ではなく、未来に起こり得る事として知ってもらうために多くの人にぜひ見てほしい原爆資料だ。登録は広島から世界への発信を推し進める上で意義が大きく、実現を期待している。

 原爆投下直後の被害状況をその場で切り取った写真や映像は記録性、客観性が特に高い。言語の壁を越えて海外の人にも伝えやすい。世界の人々が今回申請された写真や映像を見ることは、被爆者の手記をはじめ、ほかのさまざまな原爆資料にも関心を持つ格好の「入り口」になるはずだ。

 一方で、申請した広島市や報道機関は2025年へ登録の可否を待つだけではなく、保存活用の強化に連携して取り組んでほしい。

 1532点に上る写真と動画2点がそれぞれ同じ様式の目録に整理され、内容や保存場所の情報が共有されたのは大きな一歩ではある。今後、所有者が異なる写真と映像をウェブサイトなどでどう横断的に伝えていくのか。また、所有者で保存環境が異なるフィルムや写真プリントの状態を情報共有し、連携して資料全体の劣化を防ぐ取り組みも重要だ。

 被爆者の高齢化に伴い、体験の証言をじかに聴くことが年々難しくなる中で、写真と映像だけではなく、手記や文学資料、医療記録などのあらゆる原爆資料がますます重要になる。保存活用の強化、関係機関の連携は同じく求められている。

 多岐にわたる原爆資料を永続的に残し、さらに効果的に活用するために被爆地は具体的に何に取り組んでいくのか。そのグランドデザインの議論が今回の申請を弾みに高まるのを期待している。

(2023年12月1日朝刊掲載)

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