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社説・コラム

『潮流』 音楽の力

■報道センター文化担当部長 片山学

 パレスチナ自治区ガザで5年前の11月25日、日本人のピアニストとソプラノ歌手によるコンサートが開かれた。「さくらさくら」「故郷」などを披露し、約300人が聴き入ったという。

 外務省によると演奏したグランドピアノは1998年、音響機材と共に日本が無償で寄贈し、ガザの劇場に据えられた。パレスチナ自治政府のリクエストだった。

 イスラエル軍とイスラム組織ハマスの間では2008年以降、幾度も大規模な戦闘があったが、ピアノは戦火をくぐり抜けた。改めて日本製と確認されたのを受けて自治政府が日本の音楽家を招き、コンサートは実現した。平和を願う調べが、ガザ市民を励ました。

 ガザは今、壊滅的な状況にある。あのピアノはどうなっているのだろうか。

 文化担当になって、「音楽の力」という言葉を意識している。戦争で傷ついた人に寄り添い、励まし、癒やす。思いやりの心を育み、平和への思いを広げる。共感するエピソードは多い。

 創立75周年を迎えたエリザベト音楽大(広島市中区)の歩みを、文化面の連載「響け、あしたへ」で紹介した。原点は戦後の焼け野原で生まれた音楽教室。「音楽を通して若者に希望を」と尽力した関係者たちの息吹が伝わったと思う。

 復興期、市民の音楽への情熱が源となって結成された広島交響楽団や、レコードの音色が人々を勇気づけた純音楽茶房ムシカの「第九伝説」などが広く知られる。被爆ピアノは、いまも平和の音色を奏でる。

 ガザ情勢は先が見通せないが、日本が復興に果たす役割は大きい。ヒロシマの市民を支えた音楽の力のように、私たちができることを探したい。

(2023年11月30日朝刊掲載)

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