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仏教界の戦争協力 責任を問う 浄土宗有志の「平和協会」が宗報など調査 理事長の廣瀬卓爾さんに聞く

不殺生戒の教え曲げ 戦争を正当化

再び時代にのみ込まれないで

 浄土宗の僧侶有志でつくる「浄土宗平和協会」が、宗派として戦争に協力した歴史の調査報告書を公表した。戦時下の宗報など膨大な書類を基にした169ページ。仏教の教えに沿って平和を希求するはずの僧侶たちが、戦争を肯定するに至った背景を探るための歴史的事実を積み上げた。太平洋戦争開戦からまもなく82年となるのを前に、調査を主導した同協会理事長の廣瀬卓爾さん(78)=大津市=に思いを聞いた。(山田祐)

  ≪報告書は「戦時下の布教活動」、「軍部との関わり」など全6章。宗派として日中戦争や太平洋戦争を「聖戦」と位置付け、檀信徒に説いたことが分かる資料を提示している。天皇と阿弥陀(あみだ)仏を同一視する文言もあった。≫

 1938年に宗務所が発行した「精神報国 資料」の一節が象徴的です。「私達に取つて陛下は『阿弥陀』でまします」。銃を手にすることに仏教徒として戸惑った若い僧侶もいたでしょうが、この言葉によって理不尽を受け入れざるを得なかったのでしょう。

 当時のご門主が発した「報恩教話」の全文も載せました。「未来の帰着は全く弥陀仏に打任せ、この身はあくまで君王に捧げ上るべし」―。内心に抵抗があったかどうかは分かりません。でもこんな言葉を発してしまった事実は動きません。

 「あらがうことは許されなかった時代」と当時の教団や僧侶をかばう意見もあります。「不殺生戒(ふせっしょうかい)」。つまり生きとし生けるものは全て殺してはいけないという教えは、僧侶にとって最も大切な戒律です。反戦を貫かなければ、僧侶の存在理由は失われます。

 終戦から78年がたち、戦争や原爆が投下された痛みを知らない世代が増えています。平和の大切さを知識として持ってはいても、実感が伴わなくなっているように思います。経典の解釈によって戦争を宗教的に正当化してしまった過去を繰り返してはいけない。報告書にはそんな思いを込めています。

 ≪浄土宗教団の戦争責任について個々の僧侶による研究はあったものの、総括が不十分と感じていた廣瀬さん。2018年の浄土宗平和協会理事長就任を機に、調査に乗り出した。≫

 私が中学生の頃、寺の先代住職の父が、戦時中に中国で布教活動をしていた頃の写真を見ていました。地図を持つ軍人の隣に立った父がどこかを指さしている。尋ねると「どこに軍隊の拠点を置くべきなのかを助言しているところだ」との答えでした。布教のために赴いたはずなのに軍に協力していたのか、と問い詰めました。激しいやりとりになりました。

 大正大(東京)や佛教大(京都市)で専門としていた社会病理学の研究の傍ら、戦時中の海外での布教の実態の研究もライフワークとしてきました。平和協会理事長を任され、今回の調査を真っ先に呼びかけました。戦争に協力した宗派の責任を明らかにすることになりますが、それが未来の平和につながると信じたからです。

 時を同じくして、全ての国に核兵器禁止条約への参加を促す「ヒバクシャ国際署名」が進められていました。「これに協力せずして平和協会を名乗ることはできない」と考えました。活動の内容は違っても、平和を求める理念はまったく同じです。協力を惜しむことはありませんでした。

 目をそらすことのできない現実は今も続きます。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザ…。こんな状況だからこそ、一人一人の僧侶が平和の尊さを心に刻み、再び時代の流れにのみ込まれることがないように自分を磨いていかなくてはいけません。そのために報告書が活用されることを願います。

ひろせ・たくじ
 1945年滋賀県生まれ。大正大(東京)専任講師や佛教大(京都市)教授などを歴任し、現在は佛教大名誉教授。専門は社会病理学。2018年から現職。大津市の願海寺住職でもある。

僧侶養成の場で教材に

仏教界の戦争責任を追究した著書「仏教の大東亜戦争」があるジャーナリストで浄土宗僧侶の鵜飼(うかい)秀徳さん(49)の話
 戦争を経験したと言える僧侶は現在では80、90代となっている。不殺生戒を破り戦争に協力してしまった「負の記憶」は家族の中でさえも語り継ぎにくいもの。戦時中の書類や戦死者のための位牌(いはい)などといった史料が残っていても、多くはその意味が受け継がれないまま埋もれてきた。

 史料が散逸しつつある中、有志の団体である浄土宗平和協会が責任感を持って報告書をまとめられたことは意義深い。今後は宗派として戦争責任を総括し、社会に発信しなければいけない。

 加えて、宗門大学など僧侶養成の場で教材とするべきだ。平和を追い求める宗教者としての素質を養うためにも、今回の報告書を生かしてほしい。

(2023年12月4日朝刊掲載)

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