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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「朝、目覚めると、戦争が始まっていました」 方丈社編集部編(方丈社)

開戦 日常の延長線上に

 空襲、原爆、玉音放送…。戦後生まれが聞き知っている太平洋戦争の記憶は、「始まり」ではなく、とかく「終わり」に偏りがちである。

 82年前の日米開戦を、当時の人々はどう受け止めたのか。本書は、作家や芸術家ら当時の知識人54人が日記や回想録に残した言葉を抜粋し、開戦の「実感」をあらわにするアンソロジーだ。

 知識人なら戦争を憂うのが当然といった現代目線の先入観は、冒頭から見事に覆される。

 当時17歳の思想家吉本隆明は「パーッと天地が開けたほどの解放感」、28歳だった児童文学作家新美南吉は「ばんざあいと大聲(ごえ)で叫びながら駈け出したいやうな衝動も受けた」と記す。後に「黒い雨」を著す井伏鱒二も「ラヂオでニユースをききながら、みんな万歳を叫んだ」と回顧。坂口安吾は「必要ならば、僕の命も捧げねばならぬ」と高ぶる感情をつづる。

 「だらけた生活に鉄筋の骨が打ち建てられた」(今日出海)「老生ノ紅血躍動!」(斎藤茂吉)「頭の中が透きとおるような気がした」(高村光太郎)。あの人もこの人も歓喜しているのに驚くのは、私がこの開戦の結末を知るゆえだろう。当時「こういう事にならぬように僕達が努力しなかったのが悪かった」などと自省する人は少数だ。

 巻末に収められているのは太宰治の短編「十二月八日」。日々の暮らしの延長線上にある一日が主婦の目から描かれる。

 後の世から見ればあしき歴史の分岐点であっても、渦中にいる時は日常であることを本書は教えてくれる。だから折々に世の中の動きに目を光らせねばならない。朝、目覚めると―、なんてまっぴらだから。

これも!

①半藤一利著「〔真珠湾〕の日」(文春文庫)
②加藤陽子著「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(朝日出版社)

(2023年12月4日朝刊掲載)

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