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社説・コラム

[ひと まち] 聖堂 祖先重ね平和祈る

 広島市中心部にある叡啓大の教授、ミヒャエル・ラサールさん(54)には、キャンパスの目と鼻の先に特別な場所がある。「広島に来たのは運命かもしれない」。原爆犠牲者の慰霊と平和祈念のために被爆から9年後に完成した世界平和記念聖堂を見つめる。

 ミヒャエルさんはドイツ出身。ドイツの大学で生物物理化学を学び、研究の経験を積もうと1998年に来日した。自然が気に入り、日本に住みついた。企業や大学に勤め、兵庫や山梨などで暮らした後、昨年4月に叡啓大教授に就いて広島市へ移り住んだ。運命を感じるのには訳がある。

 ミヒャエルさんの祖先はフランス出身で、18世紀にドイツに移住。記念聖堂の建設は、その末裔(まつえい)の一人で広島市名誉市民の故フーゴ・ラサール神父が発案した。ミヒャエルさんの曽祖父のいとこに当たる。

 神父は1929年にドイツから来日。40年に着任した広島市の幟町教会で被爆し、重傷を負った。各国を行脚し聖堂建設への協力を訴え、54年の完成につなげた。日本国籍を取り、愛宮真備(えのみやまきび)を名乗った神父は90年に死去した。

 ミヒャエルさんは神父と直接の面識はなかったが、聖堂建設での功績は知っていた。「まさか大学のそばにあるなんて」。叡啓大に勤め始めてすぐ、大学から見える特徴的な建物を見に行くと、その聖堂だった。

 聖堂内には「平和を祈る」と刻んだ神父のレリーフがある。ミヒャエルさんは「戦争によって平和はできない。今の世界を見たら、心が苦しいと思う」と話す。

 叡啓大では生物多様性を教えている。「人間の平和とともに環境の平和を守りたい。自然の大切さを学ぶエコツーリズムを進めたい」と平和貢献に思いを巡らす。(編集委員・水川恭輔)

(2023年12月7日朝刊掲載)

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