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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 特別論説委員 宮崎智三 寺山修司の問いかけ

自分なりの答え探し続けねば

 「思い出される人より、忘れられない人になりたい」。詩人や劇作家として幅広く活動し、今年5月に没後40年を迎えた寺山修司は生前、そう話していたそうだ。

 願った通り、忘れ難い作品を幾つも残している。筆者の場合、真っ先に浮かぶのが、この短歌だ。

 〈マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや〉

 学生の頃から心に引っかかっていた。当時は、身を賭すほど熱中できるものは何か、問われていると感じていた。祖国はあまりに遠い存在で、戦前の若者たちのように国のために命を捨てる状況など想定すらできなかったからだ。

 かつては侵略する側だった日本は戦後、自ら戦争を起こすことはしないと誓った。「武力による威嚇、または武力の行使」は国連憲章でも禁じている。ましてや東西冷戦の時代、核超大国の米国とソ連が戦火を交えれば、人類は滅びるしかなかっただろう。国のために戦うことは頭になかった。

 状況が一変したのは、ロシアによるウクライナ侵略が起きてからだ。侵略は国連憲章に違反しており、断じて許されないことだが、ウクライナはいや応なく戦火に巻き込まれた。18~60歳の男性は出国を原則禁じられ、健康状態や家庭の事情など特別な事情がなければ兵役は免除されなくなった。

 ウクライナには1930年代、ソ連により飢餓に追い込まれた苦い経験がある。そのソ連を引き継いだロシアの支配が受け入れられないのも当然だ。国のために身を捨てる覚悟をした人も多かろう。

 とはいえ、グローバル化が進んだ今、生まれ育った国を離れて別の国で学んだり働いたりしている人は少なくない。自国に義理立てしなくなる人が中にいても、それだけで批判することはできまい。自分の生き方や進路は、それぞれが決めて良いはずだからだ。たとえ自国が侵略されても、武器を取ろうとしない人もいるだろう。

 ウクライナも例外ではない。徴兵から逃れるため、今年8月までに2万人近い男性が国外に出たという。英国BBC放送がポーランドやルーマニアなど周辺5カ国を調べて先月報じた。出国に失敗してウクライナ当局に拘束された人は2万人を上回るそうだ。

 徴兵逃れはウクライナ国内でも見られるようだ。25歳以上の学生は侵略前の4万人から10万6千人に激増している。対応するため、二つ以上の高等教育を受けた30歳以上の人を新たに動員対象とする法案が国会に出されたほどだ。

 では、日本が戦争に巻き込まれたら、どうなるだろうか―。仮にそうなったら「進んでわが国のために戦いますか」との問いに「はい」と答えた割合は日本は13・2%で、調査した79カ国中、最低だった。数年置きに各国の国民意識を調べている「世界価値観調査」の2017~21年の結果である。2番目に低いリトアニアの32・8%に比べ、低さが際立っている。

 同じ問いに「分からない」と答えた割合も、日本が最多で38・1%を占めた。他国に攻められるなんて考えたこともないから、どう対応すれば良いか分からないというのは、正直な答えではないか。

 ただ、日本が戦争に関与するリスクは冷戦期より高まっている。例えば、経済面などで厳しさを増している米国と中国との対立がエスカレートした場合だ。

 とりわけ懸念されるのは台湾を巡る米中のせめぎ合いだ。こちらが望んでいるかどうかにかかわらず、戦火に巻き込まれるかもしれない。中国の習近平指導部は「平和統一の目標は掲げつつ、武力行使の放棄は約束しない」と強硬な姿勢を崩してはいない。

 対立をあおるような言葉が日本の政治家からも飛び出してくる。「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」などの発言だ。沈静化を図るべき立場の首相経験者からも出てくることで不安は一層かき立てられる。意見が食い違っても、外交や対話を通じて、火が付かないようにすることにこそ力を注ぐべきなのに。日本は、ブレーキの利かない車になってしまったのだろうか。

 こうした事態を寺山修司が想定していたわけではあるまい。それでも、問いかけは時を超えて重みを増しているように感じる。自分なりの答えを出すのは私たち一人一人でしかないのだろう。探し続ける責任を自らに負っている。

(2023年12月14日朝刊掲載)

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