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社説・コラム

『想』 廣谷明人(ひろたにあきと) 被爆バイオリン

 私が被爆バイオリンと持ち主のロシア人、セルゲイ・パルチコフさんについて調べ始めたのは、2019年のピースボートの「平和と音楽の船旅」がきっかけだった。この船旅で、広島で被爆死した女学生、河本明子さんの遺品「明子さんのピアノ」と「パルチコフさんのバイオリン」は広島、長崎、釜山、ウラジオストクを巡った。

 そのとき、明子さんに関する資料はまとまっていたが、パルチコフさんに関する資料は時系列にまとまっていなかった。「これではパルチコフさん、かわいそうだなあ」と思い、戦前・戦中に音楽教師を務めていた広島女学院に残っていた資料や、インターネットの英語の記事をもとに苦心しながら資料をまとめた。宇品港であった船上演奏会で女学院高放送部の生徒に発表してもらった。

 その数カ月後、明子さんが残した日記の中に、女学院のオーケストラに参加し「バイオリンの先生」のところに行ったという記述を見つけた。初めて2人に接点があることが分かった。翌年、中国新聞の記者にパルチコフさんの孫のトニー・ドレイゴさんを紹介していただいた。メールに明子さんの写真を添え、「この子の写真はありませんか」と尋ねたところ、翌日すぐに2人が一緒に写ったオーケストラの写真が送られてきた。喜びのあまり、「やったー」と叫び声を上げてしまった。2人の人生が深く結びついていた事がはっきりと証明された。

 昨年はロシアがウクライナに侵攻したことで、この楽器は「ロシア人の被爆バイオリン」として新聞やテレビで取り上げられ、連日報道された。今年は取り上げるメディアはすっかり減ってしまい、残念でならない。今年8月に中国新聞の西村文記者、HOPEプロジェクト代表二口とみゑさんと私の共著で「明子さんのピアノとパルチコフさんのヴァイオリン」(ガリバープロダクツ)を出版した。ロシア革命と原爆を生き抜いた一家のストーリーから、戦争と平和、そして音楽の力について考えていただきたいと思う。(HOPEプロジェクト理事)

(2023年12月14日朝刊セレクト掲載)

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