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連載・特集

国際シンポジウム「核戦争の危機と被爆地ーG7広島サミットを踏まえて」

 広島市立大広島平和研究所と中国新聞社、長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)主催の国際シンポジウム「核戦争の危機と被爆地―G7広島サミットを踏まえて」が10日、広島市中区の広島国際会議場であった。5月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)は、核軍縮の合意文書「広島ビジョン」やウクライナのゼレンスキー大統領の訪問などでさまざまに注目された。振り返り、見えてきた被爆地の課題について研究者、市民活動の当事者、記者が市民約200人に向けて語った。(金崎由美、森田裕美、小林可奈、新山京子)

基調講演

核のタブー化 不使用続けよ

東京大 石田淳教授

 広島サミットで合意された核軍縮声明「広島ビジョン」を手がかりに、国の安全保障政策によって果たして誰の安全が確保されるのかを考えたい。

 広島ビジョンでG7首脳は「全てのものにとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界の実現に向けたわれわれのコミットメントを再確認する」とした。文言は、英語原文からの外務省による仮訳だ。

 「全てのもの」は人間一人一人との印象を与える。しかし1978年の国連軍縮特別総会の最終文書にさかのぼれば、軍備に関する条約を締結できる「全ての国家」の安全が損なわれない形、という意味。国家安全保障的な発想だ。

 昨年閣議決定した「国家安全保障戦略」は、国家が確保すべき国益として政治的独立の維持、領土の保全、そして国民の生命・身体・財産の安全を挙げた。ただ、自衛権の発動という「政府の行為」によって、憲法前文がいう「再び戦争の惨禍が起こる」リスクはないだろうか。

 戦争災害は、戦争遂行における「国家存立のための国民の平等な寄与」ともされる。68年の最高裁判決は、戦争では、国民の全てが「その生命・身体・財産の犠牲を受忍」するほかなかったとした。

 しかし、国民の犠牲を十分に国家が補償しなくて済むならば、国が戦争を回避しようとする抑制力はそれだけ弱くなるのではないか。逆に言えば、国家が武力行使に出ることについて「国民の保護」という観点から極めて慎重に判断せざるを得ない政治体制を維持することは、国家間の緊張緩和を引き出し得る。

 ヒロシマとナガサキ以後、核兵器不使用の歴史が続くが、核保有国は繰り返し使用の意図を言明している。使用されれば戦争の際限なきエスカレーションが起こる可能性がある。広島ビジョンに書かれていないが、不使用の歴史を継続させるための方策はある。「核のタブー」の強化だ。核使用は明確に違法ではなくても既にタブーとする人道認識である。

 核兵器は人間の尊厳を許さない兵器。人間一人一人にとっての意味を私たちが確認し共有することがタブーを強固にする。

いしだ・あつし
 1962年東京都生まれ。東京大法学部卒。米シカゴ大で博士号取得(政治学)。2005年から現職。日本国際政治学会理事長などを歴任。

報告

自国第一主義の台頭 揺らぐ平和

広島市立大広島平和研究所 吉川元特任教授

 昨年2月からウクライナでロシアによる侵略戦争が起こった。国際平和秩序にどのような影響を及ぼすだろうか。

 ウクライナ侵攻の直前、ロシアはウクライナ東部の(親ロシア派支配地域である)ルガンスクとドネツクを国家承認した。住民投票による民意の反映だとして東部・南部4州を併合した。

 冷戦が終結した1990年代、ユーゴスラビアは六つ、ソ連は15の国に分裂した。独立の根拠は「人民の自決権」だ。

 その国の中にある民族自治体にも分離主義が広がらないよう、旧欧州共同体(EC)は「連邦共和国が住民投票で住民の意思を証明すること」を国家承認の要件とした。

 だがコソボは例外で、欧米はセルビア共和国内の自治州の独立を支援。国際司法裁判所(ICJ)も勧告的意見で、一般的に国際法は禁止していないとした。ロシアのプーチン大統領は今年5月、ウクライナ東部・南部4州の併合は「コソボの前例に従った」と正当化した。

 独立と住民投票の動きは各地で増えるだろう。権威主義や独裁体制も強まるとみる。理由の一つは中国。そして自国第一主義。「米国ファースト」が米トランプ政権時に出てきた。オランダでは最近、移民排斥を掲げる政党が躍進している。世界の人口は80億を超えた。地球温暖化と気候変動が深刻化する中での自国第一主義の台頭だ。東アジアでは軍事費が10年間で50%増えたが、地域に軍備管理の仕組みも条約もない。軍事力の均衡でかろうじて平和を維持しているのが現実だ。

きっかわ・げん
 1951年広島市生まれ。一橋大大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。上智大教授、広島市立大広島平和研所長などを歴任。

抑止は脅し 被爆者の訴えと対極

中国新聞社 田中美千子編集委員

 核軍縮は近年、猛烈な逆風下にある。ロシアのウクライナ侵攻で局面はさらに悪化。米国の核を自国に置くよう求める声が複数の国で高まるなど、世界は核依存を強めている。G7も核に頼る国の集団だ。その現職トップがサミットでこの地に集うことになり、私たちも発奮した。核の惨禍を報道し、有益な議論を引き出したいと考えた。

 結果はどうだったか。核軍縮の特別文書がまとめられたが、中身には目新しさが全くなかった。それどころか、ロシアによる核の威嚇を批判した一方、G7の核については「防衛目的のために役割を果たす」とし、核抑止を堂々と肯定した。

 核抑止は「核でやられたら核でやり返す」という脅しの理論。「どの国の核も許されない。世界を救うには廃絶しかない」との被爆者の訴えとは対極にある。被爆国政府は議長国としてまとめた「広島ビジョン」で、立場の違いを明確にした。被爆地が挑戦を受けている、とさえ感じた。

 ただ各国首脳が原爆資料館の芳名録に刻んだ言葉には、私的な感情もにじんでいた。展示資料から何かを感じ取ったと信じたい。また資料館には今も連日、外国人観光客が列をなしている。核問題への関心を高める効果はあったのではないか。

 被爆地には核の悲惨さを伝える力も、犠牲者の無念を胸に発信を続ける責務もある。被爆者も戦争体験者も減る中で、その訴えは弱まっていないか。核危機が続く。被爆地の姿勢も問われる。諦めるわけにはいかない。

たなか・みちこ
 1976年千葉県生まれ。神戸市外国語大外国語学部卒。2000年中国新聞社入社。報道部、東京支社などを経て22年から現職。

国の利害超えた力 市民社会から

NGOピースボート 畠山澄子共同代表

 国際会議に際して市民社会が参画し、政策提言などで働きかける活動が活発だ。その一つに「C7」がある。「C」はCivil(市民)の意味。政府も認める活動として、G7サミットに先立ち設けられる。

 広島サミットに向けたC7では、昨年のドイツから引き継いだ「気候と環境正義」など五つの作業部会に「核兵器廃絶」を追加した。私がコーディネーターを務めた。広島サミットを核兵器廃絶に一歩でも近づける機会とするため、議論を重ねて提言をまとめた。岸田文雄首相に直接、手渡された。

 だが「広島ビジョン」に提言は反映されず、核抑止を肯定する文言が入った。とても残念で、怒りに似た感情も抱いた。

 つい4日前、私は3カ月半にわたるピースボートの世界一周の船旅から戻ってきた。船長をはじめウクライナ出身の乗組員が多く、ある乗組員は、兄の戦死の知らせを航行中に受けた。パレスチナ自治区ガザの友人は2カ月も逃げ続け、妹家族は建物の下に生き埋めになったという。

 人々が国際法に守られずに命を奪われている今、G7をはじめ大国がルールを決める国際社会のあり方を根本から問わなければならない。そのためには、広島ビジョンとC7の提言の溝をどうしたら埋められるかを考えることが必要となる。

 市民社会が発信し続けたからこそ核兵器禁止条約が実現した。国の利害を超えた力を、軍事力や自国第一主義に負けないものに育て、広めたい。

はたけやま・すみこ
 1989年埼玉県生まれ。英ケンブリッジ大政治・社会学部卒。米ペンシルベニア大大学院博士課程修了。博士(科学技術史)。

コメント

「責任ある」核使用 あり得ない

長崎大RECNA 河合公明教授・副センター長

 日本では、核兵器の使用の威嚇を念頭に、安全保障を米国の核兵器に依存するとの想定がある。だが核兵器を使用させないために核兵器が必要とする核抑止論は、相手の敵対行為を防止できなかった場合どう対処するのかとの問いに、理論的な答えを提供していない。

 考えられるのは核兵器の「使用」だ。核抑止の失敗後、少なくとも一定程度の核攻撃の応酬が想定される。

 そこで「『責任ある』核兵器の使用はあり得るか」を考えたい。「広島ビジョン」では「責任ある」という言葉が繰り返されている。ロシアによる無責任な核兵器の使用は、当然ながら絶対に許されない。ならばG7の核保有国による核兵器の使用は「責任ある」ものとして許されるか。

 国際司法裁判所(ICJ)は1996年の勧告的意見で、仮に限定的な使用が可能として、それを正当化できる状況が何であるかを示した国も、限定使用が高出力の核兵器の「全面的な使用へとエスカレートする」傾向がないことを示した国も「皆無」と指摘した。核抑止は危険なばかりか脆弱(ぜいじゃく)で、破綻して使用された場合の事態は、広島と長崎の経験から明らかだ。「責任ある」使用はあり得ない。

 G7首脳は原爆資料館を訪れ、原爆慰霊碑に献花。被爆者と面会した。核兵器の非人道性と核軍縮の重要性を国際社会に示す意義があった。これを抽象的な発信で終わらせてはならない。核兵器が決して使用されない唯一の保証は「廃絶」だと再確認する必要がある。

かわい・きみあき
 1965年神奈川県生まれ。長崎大大学院多文化社会学研究科博士後期課程修了、博士(学術)。戸田記念国際平和研主任研究員などを経て現職。

できること 一緒に考えて

被爆者の小倉桂子さん

 サミット参加国の首脳らと原爆資料館で対面した被爆者の小倉桂子さん(86)が登壇。焦土と化した広島のパノラマ写真を示しながら、8歳で被爆した体験や家族の記憶を語った。

 サミットでは、G7の首脳とその配偶者、招待国首脳、電撃来訪したウクライナのゼレンスキー大統領の計4回、資料館でそれぞれと対面したことを明かした。「ゼレンスキーさんと(一瞬で壊滅した広島をCGで見せる)ホワイトパノラマの前に立ち、80年近く前のこと、現在起こっていることを思い、泣くのを我慢した」

 また先月、バイデン米大統領から届いた返礼品の手帳を示した。今は世界からの来訪者のサイン帳として活用しているという。「世界の人たちはヒロシマを知りたいんです」と強調。核兵器のない世界の実現は簡単でないとしながら「絶望せず、できることを一緒に考え続けていきましょう」と呼びかけた。

(2023年12月18日朝刊掲載)

パネル討論

 登壇者は加藤美保子・平和研専任講師をモデレーターに、来場者からの質問に答えた。

Q 安全保障共同体の創設は可能か。

吉川氏 1990年代冷戦終わった時期、日本では日米安保が必要か、ソ連も崩壊し米国は要らないのではないか、という議論があった。NATOも要らないのではと。その機会をわれわれは見逃してしまったのだが、東アジアに新しい共同体をつくっていこうとの議論はあった。反対したのは米国。多国間主義の枠組みを大国は嫌う。なぜ我々は多国間主義や共同体づくりに向かっていけないのか真剣に考えていくべきだ。

 米国の核抑止は否定するが、米国がもし日米安保から離れたら今の政治の仕組みでは韓国も日本も軍備強化になる。私たちはこの30年間、国の安全を軍事力で守るという枠組みから脱却して多国間の政治の仕組みを作っていくことを忘れていた。こんなことになったのは私たちの責任でもある。仕組みを作っていくことを忘れていたからこんなことになった。

Q 核廃絶を実効性あるものにするには、核保有国の軍縮義務を定めたNPTや核兵器禁止条約締約国会議を活用しながら促進していくしかないのでは。

石田氏 NPTの条約上の核保有国というのは、国連安全保障理事会の常任理事国。国連憲章の下では安全保障理事会は国際社会において国際平和に対して責任を持つ機関であり、NPT上の軍縮の努力を行うのは彼らの責任で、それを果たす必要がある。その上で核保有国の間でお互いの安全保障上の脆弱(ぜいじゃく)性について自覚を持つことが必要になる。

 今日のシンポジウム全体に関することでは、広島ビジョンの中には「すべてのものにとっての安全を損なわない形で」という文言が出てくるが、これはすべての人間にとってという意味ではなく国家にとっての安全という意味で、国家安全保障的な発想に基づくもの。小倉さんの話にもあったように、やはり核兵器・原爆が個々の人間にとって持つ意味。それを考える、感じるということがとても大切。それが本当の意味での「すべてのものにとって安全を損なわない」状態を考えることになるのではないか。

Q 市民社会の意見を国のトップに届ける具体的アイデアは?

畠山氏 回り道も近道もないと覚悟を決めることであり自分のアクションに意味がないといわずに信じ続ける<ことではないか。核兵器禁止条約ができた時、私は本当に感動した。日々の活動の大切さを感じた。そう考えると手段はたくさんあり、NPT再検討会議や核兵器禁止条約の会議の場に出かけていくことも発言することも、署名でもSNSでの発信もパブリックコメントを書くことも、そういった一つ一つのことも世論の形成を通じてメッセージを届けることになる。少なくとも民主主義国家の日本に暮らす私たちには、今開かれている手段がたくさんあり、それを一つ一つ積み上げていくことができる。そうしたことが、瞬発的にあらがわなくてはいけない時の基礎体力にもなるのだろうと思う。

Q 米国のオバマ元大統領の広島訪問の評価は?

田中氏 米国側にも戦略があり、決断にはいろんな背景や理由がある。オバマ元大統領もプラハ演説で「核なき世界」を打ち出したのに、よい結果を見いだせなかった。そういう中でレガシーをつくりたいという思いも当然あったと思う。日本側もそうだといえる。同じ年の12月に当時の安倍晋三首相とそろって真珠湾に行って和解を演出した。

 取材をしていると、被爆者の方々は複雑な思いを抱えていた。謝罪がとても難しいことは分かっているが、それを態度で示してほしいと話していた。

 今回のサミットも、では被爆地の目的はかなったのかと言えば、政治家の目的はある程度かなったかもしれない。しかし世界の現状は被爆者にとってよい方向になっていない。でも、打ちひしがれていては何もできない。現時点を確認し、被爆地としてどんな訴えをしていくべきか考えていかねばならない。

Q 長崎の取り組みは。

河合氏 手短に3点。1点は、核兵器の問題をグローバルな問題と絡めて議論していこうという雰囲気がある。長崎大は前身が医学校だったこともあり、健康などへのリスクの観点から核兵器の問題を取り上げることはできないかといった議論も大学中心に起こす動きがある。2点目は、若い世代の知りたい、つながりたいといった声を大事にしながら、若い人の育成に取り組んでいる。3点目、アカデミアが積極的に市民と交流する試みにも注力している。RECNA主催で市民講座など場を持っている。

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