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社説・コラム

天風録 『家康と平和』

 知る人ぞ知る逸話だろう。終戦間際の鹿児島・鹿屋基地から特攻隊で死地に向かう若者たちと、軍の報道班員として生活を共にする作家がいた。山岡荘八だ。後を頼むと言葉を託され、戦後に筆を執ったのが「徳川家康」▲特攻隊員の供養のための小説は17年かけて完結し、家康ブームの元祖に。一貫した主題は決して色あせまい。「人間の頭上から戦乱をなくすためには…」。あとがきで山岡は原水爆にも触れて、平和なき世界を案じた▲後にNHKが大河ドラマにした山岡版のDNAを継いだのだろう。きのう完結した「どうする家康」も乱世をどう終わらせるか悩み抜く姿を描き通した。今風のコミカルさや大胆な歴史解釈を難じる声も時にあったが▲視聴率は伸びなかったにせよ根強いファンが原点の願いを受け止めたと思いたい。岸田文雄首相が見ていたかどうか。山岡版全26巻を数年前に通読したことを先ごろ、自ら明かしている▲中国をにらみ、防衛費を過去最大へ上積みする岸田政権。その大陸でも「徳川家康」中国語版がベストセラーになったという。家康がもたらした平和を日中で語り合い、戦争のない世を共に考えていく。そんな場でもないものか。

(2023年12月18日朝刊掲載)

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