×

社説・コラム

『今を読む』 広島修道大教授 船津靖(ふなつやすし) イスラエルとパレスチナ

民族の「夢」捨て2国家共存を

 イスラエルのユダヤ人も、パレスチナのアラブ人も、楽しい人たちだ。平和で安全な暮らしを願っている。イスラエルと隣接するパレスチナ国家を樹立し、二つの国が共存できる仕組みをつくる。それが現実的な選択肢だ。日本や米国を含む国際社会には、2国家和平案を支援する基本合意がある。

 イスラエル人もパレスチナ人も大声で話し、冗談を言って、にたりと笑う。自分を笑い飛ばすユーモアや知性もある。でも、政治に関する公的な言論で、威勢のいい主張や現実離れしたスローガンが幅を利かせるのは、中東地域も日本や広島と大差ない。

 イスラエルとパレスチナの紛争で、両者の対立や衝突にだけ目を奪われると判断を誤る。双方における和平派と反和平派の権力闘争を視野に収める必要がある。

 和平に反対し妨害してきたのがイスラエルの右派ネタニヤフ首相と、パレスチナ自治区ガザを支配するイスラム組織ハマスだ。首相は占領地のユダヤ人入植地拡大によって、ハマスはテロ攻撃で。

 「平和に反対する人が居るんですか?」と驚く学生がいる。もちろん居る。和平には妥協が必要だからだ。どちらも欲しいものを全て手に入れることはできない。諦めが必要だ。「最善」を求める人々はこれに反対する。多くは国家や民族、共同体の「夢」である。

 ハマスは10月7日、越境テロで約1200人を殺害した。イスラエルの知人から「妻のいとこの高齢女性が射殺され、焼かれた遺体で見つかった。彼女の2人の孫は行方不明」と連絡があった。別の知人からは「同僚がガザで人質にされた」。パレスチナ人との共生に努力してきた和平派の人々が多く殺された。

 学生に「猫は猫と呼べ」という英語の格言をよく紹介する。猫は猫、トラやネズミではない。同様に「テロはテロ」「占領は占領」。“植民地解放”とか“神の法”を持ち出して正当化すべきではない。理屈は何にでも付く。高尚な理念を持ち出して残虐行為や国際法違反を許容すべきではない。

 ガザ地区には40回ぐらい行った。海沿いの人々は明るく親切だった。イスラエル軍が撤退し、和平派に転じたパレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハの自治政府が統治を始めたころだ。ガザの住民は、独立国家樹立への希望にあふれていた。

 ハマスは「和平反対」を訴え、戦略を練っていた。和平交渉が進むたびイスラエル領内でバスやレストランを吹き飛ばす自爆テロを起こした。イスラエル人を怒らせ和平の機運をそぐのが目的だ。ハマスのテロは、ネタニヤフ首相のようなイスラエルの反和平派を有利にした。逆にイスラエルの報復攻撃でパレスチナ人が殺されると、反和平派のハマスに支持が集まった。自治政府高官は「テロの目的はパレスチナ内の権力奪取」と話していた。

 時は流れ、ネタニヤフ首相が和平派から政権を奪った。ガザではハマスが和平派を武力で追い出した。ネタニヤフ右派政権と宗教右派ハマスには反和平という共通の利害がある。両者は対立しているようで暗黙の共生関係にあった。

 イスラエル軍のガザ侵攻で子どもを含むおびただしい数の人々が殺されている。イスラエルに自衛権はある。だが、その行使には厳格な条件や許容範囲があるはずだ。ネタニヤフ政権の攻撃は度を越している。「目には目」どころか「目には十の目」だ。

 ネタニヤフ首相は「ハマス壊滅」を掲げているが、最近までハマスに甘かった。ヨルダン川西岸の自治政府弱体化にハマスを利用してきた。首相は、自治政府が息を吹き返してガザも統治し、バイデン米大統領から2国家案をのまされるのを恐れている。米国は、ハマスと共にネタニヤフ政権も去り、イスラエルに和平派が再び台頭することを期待している。双方の反和平派が「共倒れ」すれば、和平への希望がよみがえる。

 息子を戦闘で亡くしたイスラエルの作家グロスマンは「憎しみは安っぽい感情だ。報復の感情に身を任せると本当の悲しみから切り離される。息子の悲しみと共にいたい」とかつて私に語った。「国家や民族の夢を諦め、生きるに値する普通の人生を始めたい」と。

 イスラエルは「大イスラエル主義」、パレスチナも「イスラエル破壊」という「夢」を捨て、平和な人生を生きる選択をしてほしい。

 1956年佐賀県伊万里市生まれ。東京大文学部卒。81年共同通信社入社。モスクワ、ロンドン各特派員、エルサレム支局長、ニューヨーク支局長、編集・論説委員などを経て2016年から現職。著書に「パレスチナ―聖地の紛争」(中公新書)。

(2023年12月23日朝刊掲載)

年別アーカイブ