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社説・コラム

天風録 『内職の風景』

 土門拳は、戦後日本の不条理を問う写真家だった。70年前に東京で撮った作品は時代の空気を映す。クリスマスの前だろう。お父さんサンタがわが子に菓子などを贈る、あのピカピカの紙の靴を一心に作る主婦たちの姿が▲不況風が吹いていた。家計のため内職に追われる人と、戦後定着した年中行事を楽しむ家庭。落差を切り取る一枚から、さまざま考えさせられる。思い返せばわが母も縫い物を請け負い、家でいつも針を動かしていた▲行政用語で「家内労働」。国の統計では自宅で縫製などの内職に従事するのは全国で10万人弱、女性が9割を占める。半世紀で20分の1に減ったが、経済を下支えする重みは変わるまい▲今の物価高を映し、既製服縫製の最低工賃が24年ぶりに上がった。広島県は例えば作業服のカフス作りの単価は15円が18円に、婦人服のボタン付けは6円が8円に。どこまで家計を助けよう。いい仕事を回すと誘う「インチキ内職」も後を絶たない▲1円、2円が気になる国民に、兆単位で大盤振る舞いの国の予算案がどう映るか。後に土門は被爆者や炭鉱で働く人たちなど切り捨てられていく存在にレンズを向けた。そのまなざしを忘れたくない。

(2023年12月23日朝刊掲載)

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