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社説・コラム

『潮流』 豹変のススメ

■東京支社編集部長 下久保聖司

 「君子は豹変(ひょうへん)す」という慣用句の誤用を時折見かける。変わり身が早く、無節操といった使い方だ。本来の意味は逆で、徳のある人はヒョウの毛が生え替わるように、過ちに気付いたら、きっぱり態度を改めるものだという。

 自らの得意技を「コロコロ、意見や考えを変えること」と語ったのは、作家の東野圭吾さん。先ごろ、菊池寛賞の受賞スピーチを目の前で聞く機会があり、メモを取った。

 一緒に直木賞の選考委員を務めた伊集院静さんに褒められたそうだ。「あんたは〇が急に×になったり、×が〇になったりする。それがいい」。候補作にいったん下した評価を曲げない委員より、話のしがいがあるからだという。

 そして続けた。「日本は政治家を筆頭にいったん言い出したら意見を変えちゃいけない、考えを変えたら恥だという雰囲気があるような気がする」と。

 例外として挙げたのは、政界引退後の小泉純一郎元首相の振る舞いだ。「原発を勉強して危ないと思ったら、賛成から反対に転じる。大いに結構じゃないですか」。東野さんの言葉に来賓の人たちがうなずく姿を見て、思い返すのは5月のG7広島サミットだ。

 議長は岸田文雄首相。核なき世界をライフワークと公言するだけに、豹変を期待した。核抑止に対する歴代政権のスタンスを改め、「×」としてきた核兵器禁止条約も「〇」とし、批准を表明しないか―。被爆者たちの願いは届かなかった。

 東野さんはこう結んだ。「人の意見を聞いて変わった方がドラマチックです」。肝心なのは異論や助言を聞き、変われるかどうか。首相のモットー「聞く力」の真価が改めて問われている。

(2023年12月26日朝刊掲載)

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