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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 「人間拡張」と未来 可能性広げる支援 誰にでも 広島大大学院先進理工系科学研究科教授 栗田雄一さん

 「人間拡張」という耳慣れない研究分野がある。身体能力や認知能力を、ロボット技術や人工知能(AI)といった最先端のテクノロジーを組み合わせて補ったり増強したりするという。人口が減り、高齢化が進む中、さまざまな不自由を解消し、人間の可能性を広げることが期待される。研究の最前線にいる広島大大学院先進理工系科学研究科教授の栗田雄一さん(46)に、現状と目指す未来を聞いた。(論説副主幹・山中和久、写真も)

  ―人間拡張が目指すものは何でしょうか。
 AIやロボットの発展で、さまざまな作業が自動化されていきます。人がやりたくない危険な作業や面倒な仕事は自動化を進め、私たちは自分の体でやりたいことをやる。それをテクノロジーで実現するための道具やシステムを研究する分野が人間拡張です。「身体」だけでなく「知覚」や「認知」、遠隔地での作業を可能にする「存在」を拡張する研究が行われています。従来の工学系は生産性の向上が主な評価指標ですが、人間拡張は受益者が人であることをかなり意識しています。

  ―主に取り組む研究は。
 もともとロボット工学が私のバックグラウンドで、感覚と運動機能を向上させるアシストデバイスの研究をしています。その一つに、人工筋を組み込んで着脱が簡単なアシストスーツがあります。人工筋はチューブ状で、圧縮空気を送り込むと縮んで筋肉の動きを支援します。

  ―従来のロボット型スーツとどう違いますか。
 ロボット型スーツは硬くてバッテリーなどを必要とするので重く、激しい動きをしている時には使えません。このアシストスーツだとサポート力は落ちますが、動力源は空気で、素材も柔軟性があり軽いので体の動きを阻害しません。足裏にポンプを取り付けて圧縮空気をつくり出すことで電気がなくても使えます。人工筋と装着者の筋肉を同調させて違和感なく支援できるよう改良を進め、安価での提供を目指しています。

  ―作業支援だけでなく、さまざまなシーンで活用できそうですね。
 例えばスポーツのスキル獲得支援があります。装着した機器を通して筋肉をいつ、どう動かしたらいいかを体に直接伝えることができます。動きを補正すれば限界を超えたパフォーマンスが期待できます。楽しくなり、もっとやりたくなるでしょう。再現性が高まれば外せばいいのです。

 けがや病気で思うように体が動かせなくなった人のリハビリにも応用できます。自分の力で歩きたいという願いをサポートし、リハビリのモチベーションを高めることも人間拡張の一部だと思います。生活の質(QOL)を上げることにもなります。

  ―どこまでが自分か分からなくなる心配はないですか。
 「主体感」をいかに担保するかは重要な課題です。達成感に近いのかもしれません。テクノロジーを身にまとうことでポテンシャルが引き出され、できることが増えていく。できることが増えると自分の未来に希望を持てるようになります。自分とは、自分らしさとは何か、を考えるようになるでしょう。

 人間拡張は一時的に超人的な力を生み出すことではありません。大切なのは機器と一体化して長く付き合えることです。身体能力や脳の活動がいったんは下がったように見えても、5年、10年先も維持されている。そんなスパンで人に寄り添うシステムであることが求められます。

  ―新しい技術には期待と同時に、軍事転用などへの懸念があります。
 皆さんが怖がられる点ですね。例えば、人を見つけて撃つ。その技術は車などが人にぶつからないための技術でもあります。研究に過度な規制がかからないようにすることは科学技術の発展において大事です。われわれの側も法律や倫理、過去の事例に照らして起こりうる問題を言語化、可視化し、あらかじめ対策を講じることが求められます。研究を国民から応援してもらうには、作った後は「知りませんよ」では通じません。

  ―具体的には。
 ELSI(倫理的・法的・社会的課題)やRRI(責任ある研究・イノベーション)という考え方が研究者の間で認識されるようになりました。人文系の研究者に加わってもらい、研究開発が社会に合致するよう方向付けする取り組みです。公的機関と連携して指針を打ち出すことも考えられます。私がセンター長を務める広島大人間拡張実装プロジェクト研究センターにもELSI、RRIの専門家が参加しています。

  ―老いに向き合う時、人間拡張はどんな役割を果たしてくれますか。
 年齢を重ねると知識や経験は増えていきますが、身体能力だけは下がってしまう。それをカバーできれば、前向きに老いることができます。過疎地でも遠隔操作や遠隔コミュニケーション支援の技術で今まで通り住み続けることがかなうかもしれません。何より、私自身が使いたいので研究していますから。

 人が減る利点は人が大切にされることです。人が多いうちは使いつぶしても構わないとなる。お年寄りにも長く働いてほしい、社会に貢献してほしい。そのために拡張技術は役立ちます。

  ―社会の在りようにも影響しますか。
 テクノロジーの進展で、ともすれば置いてきぼりになる人が出かねません。人間拡張は誰にでも平等であるべきです。私は目が悪いですが、眼鏡をすれば人並みの視力を得られるのと同じように気軽に使える機器を普及させることが必要です。個人の身体的、心理的特性に合わせ、ニーズに応じた支援を提供することが、どんな境遇の人も区別しない社会につながります。

くりた・ゆういち
 静岡市生まれ。奈良先端科学技術大学院大情報科学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。広島大大学院工学研究科准教授、教授などを経て2020年から現職。同大人間拡張実装プロジェクト研究センター長、同大発ベンチャー企業ヒューマンモデル代表取締役。マツダやコベルコ建機、ダイヤ工業など地元企業との共同研究も多い。

(2024年1月1日朝刊掲載)

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