×

社説・コラム

『今を読む』 広島市立大国際学部客員研究員 嘉指信雄(かざしのぶお) 劣化ウラン弾とウクライナ

「核時代の影」再び廃絶の声を

 いまパレスチナ自治区ガザではイスラエルによる無差別的攻撃が惨劇の極みを引き起こし、侵攻開始から2年が近いウクライナの戦況は膠着(こうちゃく)状態と報じられている。二つの戦争の原因は大きく異なるが、米国など支援国からの武器供与が戦況を左右する事態となっている。とりわけウクライナ戦争ではドローンやミサイルに加え、既に禁止条約が存在するクラスター爆弾まで、さまざまな兵器砲弾が双方によって用いられている。

 幸いにして核兵器の使用には歯止めがかかっているが、こうした兵器の大量投入は、勝利のためなら手段を選ばない軍事的計算の結果であり、なりふり構わぬ戦争そのものの「非人道性」を一層深刻化させる一因ともなっている。2023年の春と夏に報じられた、ウクライナ軍への英米による劣化ウラン弾の供与は、こうした事態の端的な表れといえよう。

 こうした供与に対してロシアは激しく非難したが、自らも使用しているとみられ、その欺瞞(ぎまん)は甚だしい。だが、劣化ウラン弾は「通常兵器」であり、何ら問題ないとして供与を正当化した英米の欺瞞も同断である。

 劣化ウラン弾は、核兵器や原子力発電に必要なウランの濃縮プロセスから生ずる廃棄物を利用した砲弾で、鉄よりも硬く、強烈な破壊力を持つ。核兵器とは異なり爆発はしないが、衝撃によって発火し、強い化学的毒性も持つ放射性微粒子となって拡散してしまう。

 標的から外れた場合でも土壌や地下水に浸透し、人体に悪影響を及ぼす危険性があると、国連環境計画(UNEP)も昨年の報告書で警告している。無害の印象を与えかねない劣化ウラン弾という通称は、開発した米軍によってつけられたものであることを忘れてはならない。

 30ミリ砲弾1発に約300グラムの劣化ウランが含まれているといわれる。湾岸戦争では100万発以上が使われ、含まれていた劣化ウランは約300トンに上る。イラク戦争でも、その半分ほどが費消されたと推定されている。実に膨大な量の核廃棄物が環境中に拡散されたことを意味する。イラクではがんや先天性異常などの増加が見られ、従軍した兵士たちも多くが湾岸戦争症候群に苦しんで国際的論争となった。

 こうした中、1996年には国連の人権小委員会で、劣化ウラン弾も無差別的被害をもたらす非人道兵器であるとする決議が採択され、欧州議会においても2001年以降、同弾のモラトリアム(使用の一時停止)を求める決議が再三、採択された。ベルギーでは07年に世界初の禁止法が成立し、国連総会においても同年以降、注意を喚起する決議が、圧倒的多数でたびたび採択されている。

 広島でも長年、国内外の非政府組織(NGO)と連携してさまざまな取り組みが行われてきている。02年12月のイラクへの市民平和使節・調査団、翌年3月の「NO WAR NO DU!」の人文字メッセージ、イラクの医師などを招いての国際会議、そして先進国7カ国首脳会議(G7広島サミット)に際したオンライン署名キャンペーンなどである。

 しかし劣化ウラン弾問題が最も注目されたのはイラク戦争前後であり、今は後景に押しやられてしまっている感が否めない。特に若い世代にはそうだろうし、政治家や報道関係者の中でも遠い記憶となりつつあるのではなかろうか。

 イラク戦争後、日本は人道復興支援を目的として自衛隊を派遣したが、イラク南部の兵器の残骸から高レベルの放射線が測定されたという報道を受け、国会で激しい論戦となって結局、隊員は線量計を携行させられた。日本は今年2月にウクライナ復興会議を開催すると伝えられる。今後の展開は予測しがたいが、政府は劣化ウラン弾についても危険性や緊急対応策を真摯(しんし)に助言すべきである。

 イスラエルも、核兵器だけでなく劣化ウラン弾も保有している。国連の劣化ウラン弾に関する決議に米英仏とともに一貫して反対してきた国である。実際、過去のガザ攻撃で同弾を使用したのでは、と問題になったことがある。

 劣化ウラン弾は地雷と同様に戦闘終結後も、その地に住む人々、とりわけ子どもたちを苦しませてしまう。核廃棄物の軍事利用である劣化ウラン弾は、いわば「核時代が連れてきた影」と言える。核利用がもたらした問題の一環として捉え直し、廃絶に向けた声を、いま一度、広島から上げるべきである。

 1953年静岡県生まれ。専門は哲学、近現代日本思想。神戸大学名誉教授。2020年から広島市立大客員研究員。核兵器廃絶をめざすヒロシマの会運営委員。広島市在住。

(2024年1月6日朝刊掲載)

年別アーカイブ