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社説・コラム

天風録 『「ほぼトラ」への備え』

 長崎市の原爆資料館に閉館後お忍びで現れたのはトランプ氏だった。被爆者の苦悩を伝える写真を見ながら「これはひどいなあ」。そうつぶやいて涙を浮かべた…。6年前に発表された小説「フェイクコメディ」の一場面だ▲元国務長官の計らいで現職の大統領として渋々訪れ、被害の深刻さに心揺さぶられる。しかし結局、絶大な威力の核兵器を持ち続ける決意を新たにしてしまう展開。当時の館長で芥川賞作家の青来有一(せいらいゆういち)さんが執筆した▲現実のトランプ氏も、似たような考えのようだ。原爆投下に触れた演説で肯定的な評価をにじませる。「良い行為ではない」としつつ、戦争を終結させたという「原爆神話」にとらわれたまま▲復権を目指す大統領選での言動が注目される中、きのうは共和党の2番手候補が撤退を表明。もしかしたらトランプ氏が返り咲くとの「もしトラ」段階は過ぎた。今や、共和党の候補指名がほぼ確実な「ほぼトラ」に▲先の任期中、イラン核合意といった国際的な約束を軽んじた。返り咲いて世界を再びガタつかせないよう実際に資料館を訪れてもらわねばなるまい。被爆地にも、ほぼトラへの備えが求められる日は本当に来るだろうか。

(2024年1月23日朝刊掲載)

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