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遺品 無言の証人

[無言の証人] 崇徳中生の帽子

動員学徒 あの日も頭に

 あの日も頭にかぶり、学徒動員の作業をしていたのだろうか。一部がぼろぼろにほつれた帽子。頭から背中一面にやけどを負った旧制崇徳中2年、真鍋哲郎さんの遺品である。

 真鍋さんは、爆心地から約2キロの楠木町(現西区)で閃光(せんこう)を浴びた。同町の自宅に何とか帰り着いたものの、屋根は吹き飛び、壁は崩れていたという。姉の吉岡満子さんと向かった大芝国民学校(同)の救護所で受けた手当は、赤チンを塗る程度。ガーゼをはがして取り換えるたびに、背中には血やうみが流れた。

 激しい痛みに耐えるため、震える声で校歌などを口ずさみ、満子さんの「元気になろうね」との声にうなずいたという。だが願いはかなわず、約40日後に息絶えた。

 満子さんは戦後、修学旅行生たちに被爆体験を証言し、原爆詩集を編んだ。弟の生きた証しと、弟を奪われたわが苦しみを刻むように。帽子を原爆資料館に寄贈したのは1962年。その後も弟に会いに行くようにたびたび資料館に足を運び、形見の帽子と対面したという。(小林可奈)

(2024年2月5日朝刊掲載)

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