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連載・特集

放置された遺骨 長生炭鉱水没事故から82年 <下> 日本政府

発掘困難 立場変わらず

韓国「推進へ協議する」

 「調査は難しい」―。厚生労働省の中村正子人道調査室長は昨年12月8日の意見交換の場で、市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」(宇部市)と韓国遺族会のメンバーに改めて伝えた。

 戦時中の1942年に宇部市の海の下の坑道で発生した長生炭鉱事故。犠牲者について「海底に水没している状態で、遺骨の埋没位置、深度などが明らかではないため発掘は困難」との立場を国は維持する。

遺族と国 平行線

 会場となった東京の衆院議員会館には支援者や日韓の報道陣を含め約130人が集まった。「遺骨を発掘し、故郷へ送るのが最低限の人間的な道義だ」。そう訴える遺族と厚労省側の議論はかみ合わない。「発掘可能性の有無を調べてほしい」「あなたたちの裁量で調査しないと決めたのなら、そこは変えられる」―。刻む会の会員や遺族を支援する国会議員も発言し、水中ドローンによる調査も提案された。だが、中村室長は「水中ドローンが届く範囲は200メートル程度。現実的な見通しが立たず、実施は難しい」と答えた。

 激戦地となった太平洋の島々や旧ソ連のシベリア抑留の地では国が戦没者の遺骨収集を続けてきた。2016年施行の戦没者遺骨収集推進法は「国の責務」と規定するが、長生炭鉱事故の犠牲者は枠組みの外にある。

 04年の日韓首脳会談を受けた措置として毎年度、日本植民地時代の朝鮮半島から動員されるなどし、日本国内で死亡した民間徴用者たちの遺骨返還事業費1千万円程度が予算化されている。ただ、遺族への返還可能性がある遺骨の状態や保管場所を寺院や墓地に赴いて確認するための費用とし、発掘調査は対象にならないとの見解を示す。

「誠意を見せて」

 「遺骨の収集、返還に基準が必要なのか」。韓国遺族会の孫鳳秀(ソンボンス)事務局長(66)は憤る。刻む会の井上洋子共同代表(73)は「調査もせず発掘が困難と判断されたら、犠牲者の命の尊厳はどうなるのか。国は誠意を見せてほしい」と求めた。

 約2時間にわたった会合が終わりに近づいた頃、かすかな希望も見えた。刻む会会員が「今後の意見交換会に(調査のための)技術者を参加させたい」と述べると、中村室長は「制限するつもりはない。今後も話し合いを重ねていければと思う」と返した。同席した外務省の担当者も「国内に所在する韓国人の遺骨は早期返還が重要との認識を韓国政府と共有している。実現に向け関係省庁と連携して進めたい」と発言した。

 韓国政府は昨年9月、長生炭鉱の犠牲者の遺骨発掘に関する韓国遺族会からの照会に対し「推進できるよう持続的に日本政府と協議していく」と回答している。「市民団体の活動では限界がある。国や専門家、韓国政府も含めたプロジェクトチームができれば」と井上共同代表。遺族が高齢化する中、世論の後押しを期待する。(山下美波)

(2024年2月3日朝刊掲載)

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