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社説・コラム

『美術散歩』 異才の深層 熱気を今に

◎「殿敷侃とその時代」展 12日まで。広島市南区本浦町、半べえ

 1992年に50歳で世を去った広島市出身の美術家・殿敷侃(ただし)の三十三回忌に寄せて、親交のあったキュレーターの伊藤由紀子が企画・構成した。同時代を生き、影響を与えあった芸術家たちの作品も合わせ、計20点を茶室と庭に展示。「芸術とは、静かな観想だと思う」という言葉をのこした異才の深層に迫る。

 生き延びた被爆樹木に寄り添うように展示されているのは、殿敷の代表作の一つである版画シリーズ「HYDROGEN BOMB」(81年)。真っ赤なきのこ雲が鮮烈な印象を放つと同時に、原爆で亡くなった両親への思いがにじむようだ。

 茶室の床の間を飾る版画「多孔質の星」(80~83年)は、漆黒にグレーの丸い物体が浮かぶ謎めいた作品。伊藤は、殿敷が尊敬していた岩国市出身の詩人・杉本春生の影響を指摘する。杉本は殿敷の作品に「死者たちのまなざし」を見いだしていたという。

 働きながら絵を描き始めた頃の仲間だった久保俊寛、現代アートで切磋琢磨(せっさたくま)した鈴木たかしと吉村芳生、長門市を拠点とする壮大なスケールの創作を支えた彫刻家の田中米吉や萩焼の三輪栄造たち、広島・山口の芸術家の作品も並ぶ。「殿敷を中心に巻き起こったアートシーンの熱気を、若い人にも知ってもらいたい」と伊藤は話す。=敬称略 (西村文)

(2024年2月9日朝刊掲載)

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