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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「戦争の歌がきこえる」 佐藤由美子著(柏書房)

記憶に苦しむ人々の声

 ロシアによるウクライナ侵攻から2年がたとうとしている。イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザへの攻撃も続く。言うまでもなく、戦争は人殺しだ。命は奪わずとも、人々に癒え難い傷を負わせる。

 本書はそんな現実を突き付ける一冊である。米国認定音楽療法士の資格を持つ著者。ホスピスで歌や演奏を通して終末期の患者や家族の精神的身体的サポートをする中で、戦争の記憶に苦しむ患者の「声」を聞き、その多様な物語を書き留めた。

 第2次世界大戦で日本兵を殺したと打ち明けた男性、ベトナム戦争で枯れ葉剤をまいた罪悪感にさいなまれる帰還兵、捕虜となり別人のようになって戻った夫との生活に苦しんだ妻…。著者は米国で語られる戦争の「正義」や、英雄視された退役軍人の「神話」に疑問を抱く。

 さまざまな人種が暮らす国で出会ったのは、元米兵に限らない。原爆開発に関わった元科学者もいた。かつての敵国に移住し記憶を胸に封じ込めた元ドイツ兵、旧日本軍による攻撃を生き延びた中国系米国人も。著者が耳を傾けた記憶は、日本にいる私たちが意識を向けてこなかったアングルから複眼的に戦争を照らし、追体験させる。

 ただ本書の白眉は、彼らの物語に伴走した著者がたどり着いた、歴史との向き合い方にある。自国に都合の悪い歴史が抜け落ちる「集合的記憶」や「社会的忘却」の問題を痛感させられる。

 近年アジア太平洋戦争に赴いた旧日本軍兵士のトラウマや家族への影響も注目されている。戦争がいかに複雑で長きにわたり人を苦しめるのか。戦禍がやまない今こそ直視せねばならない。

これも!

①アレン・ネルソン著「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(講談社文庫)
②ダニー・ネフセタイ著、永尾俊彦・構成「イスラエル軍元兵士が語る非戦論」(集英社新書)

(2024年2月12日朝刊掲載)

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