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被害補償 地位協定の壁 岩国・米兵の窃盗事件 決着に1年余 支払額 請求と大きな開き

 米軍岩国基地(岩国市)の海兵隊員の男が2022年12月に岩国市内の自動車販売店で車を盗み、飲酒運転して人身事故を起こした事件で、車を壊された被害者への補償が今年1月下旬に決着した。事件の発生から1年余り。被害者は、交渉に時間がかかり、補償額も請求した額と開きがあったと憤る。米兵による事件で捜査や補償の壁になっていると指摘される日米地位協定の問題が改めて浮かんだ。(黒川雅弘)

 「金額に納得はできないが、しょうがない」。販売店主の男性(66)は前方が大破した車を見つめ、ため息をついた。

 海兵隊員の男は事件直後、岩国基地に逃げ込んだ。男性が男と面会できたのは事件発生から約2カ月後。男は謝罪して弁償する意思を示したが、男性が求める額の支払い能力はなかった。

 米兵の公務外での犯罪では、損害賠償は原則、被害者と加害者の示談で解決する。今回のように加害者に支払う資力がない場合は地位協定に基づき、被害者は国を通じて米側に補償を求める。補償額を決め、支払うのは米側だ。

 男性は23年2月から中国四国防衛局に損害賠償の支援や手続きを相談。被害額を算定し、同年夏ごろ同防衛局岩国防衛事務所に請求書を提出した。同12月末に補償額の通知が届き、今年1月29日に米国政府から振り込まれた。男性は「一つ一つのやりとりの返事が遅く、大変だった」と振り返る。

 岩国市は事件前から米兵犯罪の被害者に対する迅速な補償を国に求めてきた。事件を重く受け止めた福田良彦市長は「基地に関連する事件事故で被害者の権利が抜本的に回復できるための改定が必要」として、市独自に地位協定の改定を日米両政府に求めるとする。

 男性が求めた補償額と決定した額には大きな開きがあった。被害者が補償額に同意できない場合、損害賠償を求めて裁判を起こすこともできる。判決が支払いを命じた賠償額との差額を日本政府が「日米特別行動委員会(SACO)見舞金」として支払う仕組みもある。だが、男性は提訴を諦めた。「裁判が何年かかるのか、求める金額がもらえるのかも分からん。泣き寝入りよ」

 米兵の犯罪に詳しい日本大の信夫(しのぶ)隆司名誉教授(日米外交史)は「被害者への損害賠償額が米側の裁量に委ねられているのが問題。SACO見舞金を受け取るにしても裁判を起こす被害者の負担になる」と指摘。「日米で公平に補償額を査定する仕組みが必要だ」と話す。

岩国市で2022年12月に発生した米海兵隊員による事件
 米軍岩国基地の海兵隊員の男=当時(20)=が22年12月3日朝、岩国市内の自動車販売店で車を盗み、酒に酔った状態で運転。乗用車に衝突して2人にけがを負わせた。男は警察に報告せず、岩国基地に逃げた。岩国署は「逃走、証拠隠滅の恐れがない」として任意で捜査。男は23年6月、建造物侵入と窃盗、自動車運転処罰法違反(過失傷害)などの罪で有罪判決を受けた。同9月、海兵隊を免職となった。

日米地位協定
 日米安全保障条約に基づき、日本に駐留する米軍と米軍人、軍属たちの法的地位や基地の使用を定めた協定。1960年に発効した。米側の裁量が強く不平等だと指摘する声が根強い。95年の米兵による沖縄県での少女暴行事件をきっかけに日米両政府が運用の改善で合意したが、協定は一度も改定されたことがない。

(2024年2月14日朝刊掲載)

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