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緊急連載 日鉄呉跡地防衛拠点構想 <上> 水面下で交渉「寝耳に水」

 昨年9月末に事実上閉鎖した呉市の日本製鉄(日鉄、東京)瀬戸内製鉄所呉地区の跡地について、防衛省が広島県や市に対し「多機能な複合防衛拠点」を整備したい意向を伝えた。約130ヘクタールと広大な跡地の活用策にめどが立たない状況が続いていた中で、呉の姿を変える可能性のある案が浮上した。跡地を巡る動きを追った。

近くに海自や陸自 好条件

 「寝耳に水で驚いている」。防衛省の意向が市に伝えられて一夜が明けた5日、議長経験のある市議はこう漏らした。「話を聞いたばかり。市の対応方針は決まっていない」。ある市幹部職員も声をそろえる。

 長年、地元経済を支えた製鉄所の跡地活用の行方は、市の将来を左右する。日鉄は当初、昨年9月末までに活用方針を示すとしていたが、製鉄所の閉鎖後も具体案は表に出てこなかった。

 「行政側は日鉄の動きが遅いと思っていた。だから県と市で産業用地として活用する調査を4月以降に実施する方針を決めた」。県の幹部職員の一人は明かす。

 ただ、関係者によると、防衛関連での活用に向けた同省と日鉄の交渉は水面下で進んでいたという。限られた範囲にしか伝えられていなかったとみられ「今思えば、この案が静かに動いていたということかも」と幹部職員は振り返る。

 同省などは跡地に想定する機能に、民間誘致を含む防衛装備品の維持や整備、製造▽防災拠点と部隊の活動基盤▽岸壁を備えた港湾―を掲げ、海上自衛隊呉基地や陸上自衛隊海田市駐屯地に近い立地も背景にあると説明。元海自幹部は「呉はロジスティックの拠点。多くの艦船を係留し補給、修繕の機能があり、これを拡大する狙い」とみる。

 呉地方総監経験者の池太郎さん(63)は、呉基地は艦船が基地内に入りきらないケースもあるとし「跡地の岸壁に係留できるようになれば迅速な出動に役立つ」とする。南西諸島へのアクセスが良いことに加え、災害派遣時には「海田の陸自隊員を岸壁から乗り込ませればすぐに出航できる」と指摘する。

 県と市は防衛拠点を選択肢の一つとし、詳細な説明を同省に求めていくとしている。産業用地としての調査も並行して進める方針だ。

 一方、日鉄は跡地について「工業用水や電気、ガス、岸壁などの特性を生かし、早期に敷地全体を有効活用する方針」と強調。その上で同省の想定は「この方針に合致している」とし、同省と交渉を続ける姿勢を示す。

広島県議会 意見相次ぐ

 呉市の日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区跡地について、防衛省が「多機能な複合防衛拠点」の整備案を広島県と市に申し入れたことを巡り、5日の県議会予算特別委員会で県の見解を問う質問や意見が相次いだ。湯崎英彦知事は「(防衛拠点は)利活用策の選択肢の一つ」とする一方で、産業用地として活用するための調査もする考えをあらためて示した。

 灰岡香奈氏(自民議連、広島市安佐南区)は「利活用の現状と今後の対応は」と質問。坪川竜大氏(自民議連、呉市)は「可能な限り早く跡地活用されるべきだ。雇用創出が重要」として市や日鉄との連携を求めた。

 湯崎知事は防衛省の整備案に関し「具体的な内容や雇用の規模など地元経済や社会に対する影響については不明」と指摘し、防衛省からの説明を丁寧に聞いていく考えを示した。

 県と市、日鉄の3者による跡地活用の協議も並行させる考えを強調。「引き続き地域経済の活性化につながり、住民にとって未来に希望が持てる跡地の利活用を検討する」と述べた。

 県は2024年度、跡地の産業用地としての活用に向け、市と連携して調査を始める予定。24年度一般会計当初予算案に事業費2千万円を計上している。(長久豪佑)

(2024年3月6日朝刊掲載)

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