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連載・特集

マーシャルからの問い ビキニ被災70年 <4> 二重の苦難

海面上昇 移住に現実味

 中部太平洋マーシャル諸島の首都マジュロでタクシーに乗っていると、右にも左にも海が見える場所に出くわす。島は、弧のような環礁の一部を成し、細長い。陸地の幅は空港近くの狭い所で30メートル余り。大統領府のある広い所でも600メートルない。そんな国土が、気候変動による海面上昇でさらに縮もうとしている。

 実態を住民に聞くため、海際の住宅を先月28日に訪ねた。事前に連絡していなかったが、公務員トラビス・ジョーさん(38)が「1年くらい前、家の裏に防波堤ができたんだ」と気さくに教えてくれた。自治体が築いたといい、高さは2メートルほど。平屋の家は守られているかのように見えたが、「波が越えてきたことがある。屋根の上までいったよ」と諦め顔だ。

下から10番以内

 防波堤ができる前から浸水被害に遭っており、気候変動の影響を考えざるを得ない。「誰に責任があると思いますか?」と問うと、日本から来た記者に気を使ったのか、「全地球人さ」と笑った後、「米国や日本かな」と言い直した。世界銀行などのデータでは、温室効果ガス排出量の上位を占めるのはほかに中国やインド、ロシア、ブラジル。一方のマーシャル諸島は下から10番以内だ。

 国内には山がなく、海抜は平均約2メートル。政府が昨年10月にまとめた適応計画によると、海面は21世紀の終わりまでに0・5メートル、22世紀半ばには2メートル上昇する可能性がある。計画には「備えが現実的に可能なのか、あるいは移住や代替地を探すなど他の戦略をとるべきかどうか、今世紀半ばには決めなければならない」と明記している。

 国土からの脱出は現実的な選択肢。1946~58年の米国による核実験の影響で故郷を追われた住民や子孫にとっては、帰還がかなわぬ間に、母国そのものを失う危機が迫っている。

不信感を拭えず

 マジュロの自治体事務所で出会ったジャケイン・アンジャインさん(56)もその一人だ。54年3月1日の水爆実験「ブラボー」で死の灰(放射性降下物)が降ったロンゲラップ環礁の出身。米国が一時的な「安全宣言」を出していた間に生まれたが、その後危険性が明るみに出て、古里を離れた。

 米国が実験時に避難の呼びかけをせず、祖父を含むロンゲラップの住民たちを被曝(ひばく)させたと憤る。地元自治体は再定住計画を進めているが、汚染が続いているのではないかとの不信感を拭い去れずにいる。

 海面上昇によって再び移住を迫られる可能性がある現状をどう受け止めるか―。問いかけに、しばらく黙って考え込んだ。「次はどこに連れて行かれるのか分からない。ただ、いつもそうなんだなとは思う」。やるせない表情に、温室効果ガスを排出した責任を負うべき国の一員ではないかと、問い返された気がした。(下高充生)

(2024年3月16日朝刊掲載)

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