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連載・特集

緑地帯 若狭邦男 私と大江コレクション③

 大江健三郎氏の小説「セヴンティーン」には、逸話が多い。配本中の文学シリーズの収録作として私が読んだのは1966年だが、初出は文芸誌「文学界」の61年1月号。2月号には続編「政治少年死す」が(セヴンティーン第二部・完)と付記されて載った。

 「ヒロシマ・ノート」が岩波新書で刊行されるのが65年だから、そのかなり前である。まだ20代の大江氏の筆による、主人公の内面に深く入り込んだ描写に魅了された。まるで自分が乗り移ったような感覚に浸りながら読んだ。

 2部作としての「セヴンティーン」の背景には、社会を騒然とさせた60年安保闘争がある。とりわけ続編の「政治少年」は、当時の社会党委員長を刺殺し、鑑別所内で自死した少年がモデルと容易に想像される。

 続編の掲載翌月の3月号には編集長名の「謹告」が載っている。両作は「虚構であるとはいえ」、少年と関係の団体に迷惑をかけたことを「深くお詫(わ)びする」と記されている。激しい抗議があったと思われる。

 「政治少年死す」はその後、封印された形になり、大江氏自身も直接的な言及をしなかった。2018年から配本が始まる講談社の「大江健三郎全小説」に収録されるまで、一般に読むことは難しかった。

 私の手元には「政治少年死す」が3冊ある。掲載紙からのコピーや本文をタイプしたもので、粗雑な感じで読みにくいが、まれな商品と思って入手した。(古書コレクター=広島市)

(2024年3月28日朝刊掲載)

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