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連載・特集

緑地帯 若狭邦男 私と大江コレクション⑤

 大江健三郎氏は対談の名手でもあった。2015年刊の「文学の淵を渡る」(新潮社)は、ほぼ同世代の作家で長く交友した古井由吉氏との対談を収める。ユーモアを交え、難解なテーマを解きほぐす大江氏の妙技に触れられる。

 そこで大江氏の対談をまとめて読もうとすると、これが容易でない。相手との調整も必要なためか、やたらに出版できないようだ。ファンは辛抱強く、掲載された文芸誌や出版社のPR誌、新聞を探すことになる。

 1964年から77年までの14年間について、手元の資料から抽出したリストを作ったことがある。文学全集の付録などに正式に収録されたものを除き、対談回数は56回であった。

 ベトナム戦争さなかの67年、作家の開高健、石原慎太郎の両氏と大江氏がベトナムや沖縄を話題に語り合ったものなど、刺激的だ。対談の数の多さと合わせ、当時の作家が知識人として政治的・社会的発言を求められていたことが実感できる。

 私は大江氏がテレビ出演した際の録画にも努めた。対談形式の番組が多く、ラベルを見ると相手には作家の埴谷雄高、司馬遼太郎、劇作家の山崎正和、旧ソ連の反体制派物理学者アンドレイ・サハロフの各氏ら、興味深い名が並んでいる。

 現在、大江氏の「同時代論集」(岩波書店)や「全小説」(講談社)を手に取れるが、対談は未収録だ。最近、江藤淳氏との対話集が出るといった動きもあり、今後に期待したい。(古書コレクター=広島市)

(2024年4月2日朝刊掲載)

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