×

社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「ジニのパズル」 崔実(チェシル)著(講談社文庫)

レッテル拒む 少女の革命

 他者への無知は不信感や偏見を育てる。差別を生み、対立をもたらす。極め付きが戦争だろう。だとすれば、「他者」を追体験させてくれる文学は、その予防薬たり得るのかもしれない。

 本書は、在日韓国人3世の少女ジニの孤独な闘いを鮮烈に描いた青春小説。芥川賞候補にもなった話題作だが、主人公ジニのポップな語りとは裏腹に、描かれている世界はとても重たい。

 どの学校にもなじめず東京から米国へ移ったジニは、今通う高校も退学処分になりかけている。問題の根は過去にあるようだ。ホームステイ先のおばさんに促され、東京での日々を回想する。

 時は1990年代終わり。ジニは「制服の中に国籍を隠し」て通った日本の私立小でクラスメートの差別に傷つく。中学は東京にある朝鮮学校に入ったが、朝鮮語が分からず孤立。何よりなじめないのは、教室に掲げられた金(キム)親子の肖像画だ。

 やがて北朝鮮からテポドンが発射され、日本社会は大騒ぎに。学校には脅迫電話がかかり、生徒は嫌がらせを受ける。チマチョゴリ姿のジニは街で男に絡まれ、卑劣な暴力にさらされてしまう。

 異なる国や言語のはざまで居場所が見つけられないジニは世の不条理に怒りを爆発させる。声明文をしたため孤立無援の「革命」を企てるが―。

 一人称の語りは荒々しくもみずみずしい。短い章がパズルのように並ぶ物語は、ジニという「個」を、属性というレッテルから解放する。

 本書序盤でジニは「私の物語から何かを学べるかもしれないなんて思ったら、とんだ大間違い」と言い放つ。実際「革命」は失敗に終わる。それでも読む側は知り、学ぶ。少数者の痛みを。

これも!

①黄英治(ファン・ヨンチ)著「前夜」(コールサック社)
②キム・ジヘ著、尹怡景訳「差別はたいてい悪意のない人がする」(大月書店)

(2024年4月8日朝刊掲載)

年別アーカイブ