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人間は自然の一部 みんな仲間 「生命誌」提唱 中村桂子さん 東広島の順教寺で語る

「中から目線」が大切 争いも起きない

 生き物の長い歴史を基に人間社会の在り方を問う「生命誌」を提唱した研究者の中村桂子さん(88)=東京。東広島市河内町の浄土真宗本願寺派順教寺で3月下旬にあった集いに招かれ、80人を前に「人間は自然の一部」との信念を説いた。効率化が進む社会への警鐘、各地で続く紛争の愚かさ…。仏教の教えとも随所で共通する講話の一部を紹介する。(山田祐)

  ≪学生時代から生命科学の研究に打ち込んだ中村さん。遺伝子解析などに伴いがちな、人間を機械のように捉える生命観に次第に違和感を覚えたという。新たに提唱したのが生命誌。単なる「史実」ではなく、生き物の「物語」という意味を込め「誌」の字を当てた。≫

 私は「人間は生き物で自然の一部」という事実を基軸に置きます。生き物は名前が付いているだけで約180万種類います。どの生物も、DNAが入った細胞でできています。そして、全ての生き物の祖先細胞は一つ。少なくとも40億年前の海の中には祖先細胞がいたことがはっきりしています。

 多様な生き物がそれぞれ、「らしさ」を発揮して生きることは大事なことです。同時にみんな、祖先が一つの仲間なんです。

 近年はSDGs(持続可能な開発目標)が提唱され、生物多様性を守ろうとする意識は高まっていますが、人間の「上から目線」であってはいけません。

 多様だから私たちがいるんです。生物が多様でなければバクテリアのまま海を漂っているはずです。私たちは自然の一部で、特別な存在ではない。「中から目線」で物事を考えなければ問題は解決しません。

  ≪東京に生まれた中村さん。戦時下、疎開中に家は空襲で焼かれた。小学4年生で敗戦を迎え、「日常を奪う」戦争の不条理をかみしめた。≫

 どんな理屈を付けたとしても、戦争は絶対にしてはいけません。

 ある戦争当事国の為政者はこう言ったそうです。「戦争が起こるのは当たり前。人間は共感力が強いものだから」。生き物の中で人間の特徴は何かと言えば共感力です。この人の主張は「自分の仲間を守るために外部と戦うのは当たり前」という理屈です。

 違うんです。私たち生き物がみんな仲間なんです。そこに共感することができれば、敵などいるはずがありません。みんなが「人間は生き物、自然の一部」という世界観を持てば、争いごとは起きないはずです。

  ≪集いの開催を呼びかけたのは、三原市出身で東京大名誉教授の教育学者、大田堯(たかし)さん(1918~2018年)を傍らで支えた相馬直美さんだ。人が生きることの意味を問い続けた大田さんの思いを受け継ごうと発案。順教寺で開いている読書会の参加者たちが東広島市や近隣から駆け付けた。中村さんは、大田さんと対談した経験を振り返っての話もした。≫

 「生き物は自分で生きていくもの。上から押さえつけてはいけない」「子ども一人一人が持つ『変わる力』を引き出すのが教育」…。対談では大田先生の言葉に共感するばかりでした。「ちがう、かかわる、かわる」ことに生命の本質を見た教育観。私はそれを生き物という視点から追い求めている、という感覚です。

 タイパ(タイムパフォーマンス、費やした時間に対する満足度)という言葉が浸透していますが、何もかも効率よく物事を進めようとする風潮を危惧しています。

 子育てで考えてみると分かります。大切な1歳の日々、2歳の日々…。効率よくこなすものではありません。大田先生の思いも同じだと思います。テストの点数が大事なのではない。一人一人違う子どもたち、一人一人が育つプロセスを大事にしたいものです。

 ≪中村桂子さん略歴≫理学博士。東京大理学部卒、同大学院修了。企業所属の研究所などを経て、1993年のJT生命誌研究館(大阪府)創設に参画。2002年から20年まで館長を務めた。現在は名誉館長。著書に「生命誌とは何か」「老いを愛(め)づる」など。

(2024年4月8日朝刊掲載)

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