×

連載・特集

緑地帯 佐藤正治 音楽のミューズとともに⑤

 中学生の時からオーケストラでホルンを吹いていた私は、レコードやラジオから流れるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のホルンの音色に特別の愛着を持つようになった。優美さと野性味を備えたこの楽器はシンプルな構造で、ウインナホルンと呼ばれている。

 当時の日本ではこの楽器の入手は難しかった。そこで私はウインナホルンとの出合いを期待して、1974年ウィーンに1カ月間遊学した。街を散策中に音楽大学らしき建物を見つけ、ホルン科の教室をのぞいた。なんと私がその音にあこがれていたV先生がピアノを前に、生徒に指導しているではないか。

 休憩時間に自己紹介をして「私もウインナホルンを演奏したい。でも楽器がないのです」と伝えた。即座に「私の楽器を貸してあげる。来週の授業で一緒にアンサンブルをやろう」という驚くべき言葉をたまわった。紹介状もなく、ずけずけと教室に入って来た素性の分からない若者に、自分の楽器を提供して授業に誘うとは。翌週、V先生は私のために楽器を持参してくださった。そこでのアンサンブルの授業は夢見心地だった。

 長らくウィーンフィルの名ホルン奏者だったV先生が奏でるウインナホルンの音色には、独特のウィーンなまりを感じる。「こちらの文化に近づこうとする者には限りなく寛大な態度でもてなす」というV先生の存在こそ、私のウィーン体験の原点である。 (KAJIMOTOプロジェクト・アドバイザー=東京)

(2024年4月16日朝刊掲載)

年別アーカイブ